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第十三章:鍵

 日も傾き始め、そろそろここを引き払おうかとした時だった。予告無く近付いてくる足音を耳が捉え、表へ出てみれば――。章吾が、どこか照れ臭そうに頭を掻きながら近付いてきた。

「なんだ?」

 本気でなにがしたいのか分からなかったので――まさか、千鶴に惚れたとか言わないだろうな、この馬鹿――、怪訝な目で睨むが、章吾は不器用な仏頂面で……どこかの鍵を差し出してきた。

「抜け道の鍵だ」

 受け取るのを躊躇っていると、ようやく言葉が足りないのに気付いた、頭の足りない章吾が、一息に言った。


 ああ、まあ、港湾を整備するに当たり、古い漁村の設備ではどうしたって無理があったんだしな。

 副帝都の整備に当たって、土地を買い上げた上で元々の住人を使って再開発がなされたが、その新しい街の長屋の家賃は、到底昔から住んでいた連中に払えるようなものではなかった。それが、この貧民窟の由来なのは知っていたが……。

 いや、今も便利屋もしくは安価な労働者として使い潰されているんだろうな。尤も、こいつ等も、ただで使い捨てられるような性質でもないし、こっそり作っておいたというその抜け道で、荷をちょろまかしてるんだろうけど。

 鍵を受け取って、くるりと回して日にかざして見る。

「正門も、壁も抜けて保税区画に入れる」

 磨耗痕から判断するに、最近も使われたもののようだな。罠かもしれないが、使えない鍵ではないと判断する。

 まあ、章吾の性格上、二重契約をして俺たちを売るとも思えないが。

「貸しには思わんぞ?」

 鍵を腰に仕舞い様に言えば、海外に逃がすまでが仕事だとでも言わんばかりに、口を真一文字に結び、胸を張って鼻息を荒くしてから……。

「これも、けじめだ」

 とかなんとか格好をつけあがった。

「ご大層なことで」

 軽く肩を竦めてみせる。まったく、相も変わらず損な性格をしている男だ。顔の割に。

「あの……」

 ふと、俺の後ろに隠れていた千鶴が顔を出し……。

「な、なんだ?」

 章吾が、露骨に動揺した。

 湯女や辻君なんかの下級の遊女ならこの辺りにも住んでるはずだが……、ああ、いや、小奇麗な若い女になれていないのか。

「ありがとう」

「お、おう」

 千鶴が、らしくない台詞を告げ。それを聞いた章吾は湯で上がった顔になり――、ふらふらと千鳥足で来た道を戻っていった。

 まあ、千鶴の容姿は良い方だしな。なんだかんだで初心なあの男には、刺激が強かったか。


 しかし――。

 礼なんて言えるんだな、と、意外なのを隠さずに千鶴を見詰めれば……。

「お前は、特別だ」

 と、どこかツンとした態度を返された。

「そうか」

 軽く笑った後、俺は行李を背負い――夕焼けが染め始めた港へと向かい、歩きだした。

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