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9/11

第捌話 開幕の知らせ

「なぁ、聞いたか?」


「あぁ。この間入った新人のガキが荒冷華の替え玉として今日、出るんだろ?」


「災難な話だよなぁ。初めての仕事が、夜戦で屋内なんて。土方さん、よく部隊に入れたなぁ。」





 こそこそと、そんな小話が耳に入り、非常に気分が悪くなる今晩。

 腰に携えた刀の重さよりも、周りの視線と声が私の体の至るところを重くして動かせないようにしていく。



 数日も前、本来配属される筈の荒冷華さんが、事件を起こした。


 なんでも、彼女と近所の子が共に遊んでいた時、その子供が刀に興味をもったのか、荒冷華さんが目を離した隙に刀を抜いてしまったらしく、取り返そうとした際、荒冷華さんが子供に刀を刺してしまったと言う。


 幸か不幸か、その子は捨て子だった様で、事は穏便に済んだそうだが、この日を境に荒冷華さんは頓所からの外出の一切を禁じられ、この件相応の罰を池田屋の一件を済ませてから決めるらしい。


 井上さんがそう私に教えてくれ、後に、土方さんから彼女の代わりを命じられたのだ。


 痛々しい事件だ。あの子の魂だって、まだ何処かに彷徨いてるかもしれない。


 ……荒冷華さん、酷い罰が下らなきゃいいけれど。



「不安か?」


「!……はい。」


「戦いと言っても、君の出番はない。出番など、回しはしない。怖ければ表に居ればいい。」


「……手当て位は、します。」


「あぁ……それがあったか。なら、それが君の仕事だ。」



 私の頭に手を置いたその人を見上げ、私は不格好に笑う。



「はい、ありがとう……ございます。武田さん。」


「礼なら土方副長に言ってくれ。頼んだのは、あの方だからな。」


「土方さんが…。」



 難しい顔をして山南さんや勇さんと話す土方さんは、行く場所が場所だからか、真剣さが伝わる。



 …やはり、優しい人なのかもしれない。

私が邪魔だから、ってのもあるかもしれないが、私のすべき事を私が出来るものに変えてくれる。


 お礼を言ったら、お前の為じゃないなんていいそうだけれど、ちゃんと言おう。






***************






 ──亥の刻。

本命かと思われた四国屋に張り込む土方さんの率いる部隊の者等から、動きがなく異常なまでの静けさ漂うこの場に対しての焦りが見え始める。


 池田屋事件……名の通り、本命は池田屋だ。

だが、その事実を知るのは私と勇さんだけ。言ってはいけないと言われ、私は黙って、彼等の後に続いたが……実際、土佐藩士や長州藩士……総称・尊王攘夷派の者等が集まったとされた旅館は、四国屋ではなく池田屋。


 張り込んでたって、動きなんか見せる訳がない。


 …それを知る私がまさか、土方さん側の部隊に配属になるとは思わなかったが。




「動きが全くない…。まさか、本命は池田屋の方か…?」


「古高の奴、騙したのか!」


「否、騙しちゃいねぇよ。池田屋と四国屋……そのどちらかだと言ったんだからな。」


「それに、池田屋だったら伝令が来るはずだもんな……。」


「…。」



 そうだ。もう、伝令は来てもいいはず。


 ……でも……。



 耳をすませて周囲の音を聴くも、足音はしないし、気配も感じない。


 ……寧ろ、なんだろう、これは。



「どうした。」


「あ…いえ……。」



 ……この場所だけ、まるで切り取られてくみたいに周りの暗さが酷くなっていく。


 わかる。このままじゃいけない。私達皆、死ぬ。


 けれど、体は動かない。

こんな事実を言って、信じてもらえるはずがないと、わかっているからだ。


 死にたくはない。でも、信頼も失いたくない。だが、命より大切なモノは、ない。


 どうしよう。

そう思いつめた時、ふと、ある言葉が私の頭を過った。



 そう言葉は、私達を救うモノか否か、分かりかねるモノだった。


 事実、私はそれに此処まで引き込まれた。

それに、私と敵対する者を呼ぶ言葉だ。何故、それが頭を過ったのかすら、不明だ。



「……何にもせず此処にいるより、動いた方が良さそうだな。」


「!」



 土方さんの言葉で、私の意識はしっかりと状況を見据えた。

 そして、私は周りの皆を見渡す。


 不安そうな顔は、誰一人いない。

在るのは、強い眼差しと己の役割をしかと心に刻んだ武士の姿だけ。


 恐怖は、多少なりとあるが、幹部からはそれを感じない。


 主に、彼からは感じなかった。


 その死を恐れぬ強さが何処から来るのか、その手で行おうとしている事を恐れぬ力は何処から来るのか。


 きっと、私には分からない事だ。


 ……でも。



 彼等は、未だ死なせちゃいけない。彼等を、喰わせてはならない。




 確かな気持ちが固まった時、私の口が動く。




「……喰らえ……死すべき魂全て…。」



「!」



 その言葉が白い糸へ変わると、まるで道標の様に一筋の光となった。


 その光は、近くの家の屋根で闇を吐き出していたであろう者を喰らい始め、やがて、赤の花となり散るのが見えた。


 途端に、辺りで鈴虫が鳴き始め、足音が此方へ近付く。



「伝令!伝令です!」


「近藤さんからか!?」


「はい!本命は、池田屋!先に始めていると!」


「総司がのっこんだな、こりゃ。」


「あの野郎刺す。」


「恐ろしい事言うな、一。」



 なんか、漫才が入った気がしたが気のせいだろう。


 ふと、私は後ろの喰われた者の居た屋根を振り返り、見る。



 ……私の吐いた言葉が、奴等の仲間を喰らった。

私を引き込んだ、〈怪異〉の仲間を、私の言った言葉で、知らない光は喰らったのだ。



 何だか大変な事になっている気がする。

ただの、何て言ってはこの時代に生きる人達に失礼 だが、池田屋事件などは、歴史の1つにすぎない。たいして大きな事ではない。

 それでも、今私が此処に居る事は、すごく大変な事な気がする。


 現世じゃ行方不明扱いだろうが、それは、あの時代だから簡単に済まされる訳で、この世界じゃ大層な事だ。



 "〈怪異〉を喰らう者がいる"。



 "それ"が、私の言葉で動いた。"喰らえ"の言葉で。命令したのだ。私が、私の口が。



「これより、池田屋に向かう!出遅れるなよ。」


「はい!」

「了解!」



「……はい。」



 走り出した彼等の後を追う私は、最早目の前の目的に目がいかなかった。


 ずっと、頭の中では、疑問だらけだった。


 何故、あの言葉を私は知っていた?何故、あの光は奴等と相対した?何故、喰らえるのに今までなかった?何で、どうして……。




 一度気になると、ずっと引き摺るのは私の悪い癖だ。


 本当に、悪い癖。




「やぁああ!!」


「ぅあぁぁあっ……!」




 突如、聞こえた断末魔に我に返った私は、はっと顔を上げ、その惨状に我が目を疑った。



 色が見えた。

真っ赤な色。邸の前に倒れて動けぬ人達の姿。


 そういえば、あの時……荒冷華さんの刀と脱け殻から流れる物を、血だとわかった時、色が見えていた。


 血の色。真っ赤な、色。



「っ…。」



 1つの邸から聞こえる声と、刀の交わる音が、段々私の脚を動かす力を奪っていく。


 争いの声。

それは、私の得た力を皆が振るう声。



 己を守るとは、誰かを傷付ける事。

誰かを守るとは、誰かを殺すという事。




 ……彼女のした事は、彼等のする事は、人を殺す事。




 ふと、頭に過ったある言葉。



[何に、その力を使うんだ?]



 ……何に、使うの?私には、誰かを傷付けるなんて……出来ないよ?



「っ……? 詩祈…?」


「……行け、ませ……。」


「!」



 立ち止まった私に気付いた斎藤さんは、私を見た後、邸を見、同じく立ち止まり、私を見る彼等を見る。



「どうした?」


 そんな斎藤さんと私に気付いて、原田さんが声を掛けた時だった。



「何だ?」

「わかるだろ?彼奴、女だし、ガキだぞ?」

「あ。」

「やっぱ、置いてくべきだったよな。」




 原田さんの声に続いて、周りの小話が聞こえた。


 それは、私を咎めるモノで、決して優しいモノではない。




「……お前等、先に行け!」


「!」


「で、でも…。」


「俺達は仕事で来てる!池田屋に居る奴等を逃がさず捕らえる……それは、来る前に説明したろうが。」


「……お前等!俺に続け!外を囲むぞ!」



 小話をしていた者等も、土方さんの指揮の通りに動きだし、斎藤さんや武田さんも、それに続いて行った。


 ただ、黙って立っている無力な私と、行けと命じ、私の前に立っている力ある土方さん。


 多分、否、絶対怒らせてしまった。

足を引っ張ったのだ。彼等の、足手まといになったのだ。



「……すみ、ません……。」



 俯き、着物袖の裾を握り締め、震えを堪え謝罪した私に、土方さんは溜め息をした。



「戦闘に出す気なんざ、はなっからない。ただの手当て要員だ。……寧ろ、出れたら可笑しいだろう。」


「…。」


 ゆっくり、池田屋前に立っている土方さんの方に歩き、徐々に大きくなる争いの声と異臭に、裾を握り締める力が強くなる。


 歩き始めた子供みたいにふらふらしながら着いた自分より大きな土方さんの傍は、不思議と安心感があり、池田屋方面を、ちらりと見れるくらいにはなった。



「…1つ、彼奴等が来る前に聞かせろ。」


「?……あ。」



 遠くから、役人さんなのか、灯を持った多数の人間の姿が見え、土方さんを見上げると、彼は険しい顔で私を見下ろした。



「……お前は、彼奴等の様に、己の欲の為にその刀を振るうか?それとも、あのガキみてぇに感情任せに振るうか?」



 怒りと悲しみの混じった目。

彼女が、何のために刀を振るうかなんてわからない。だが、あの人達は手柄やお金等、私欲を満たすモノ欲しさに来た。



 原田さんと、同じ様な質問だ。



 ……私が、刀を振るうとしたら……その理由となるモノ。



「誰か!総司、総司を見てないか!?」


「!」


「総司…?」


 勇さんの、声。

沖田さんが、勇さんの近くにいない…。




 …不意に、沸き始めた力が震えを取り去った。

何故かは知らない。でも、沖田さんが何やら大変な目にあってるんじゃと考えた私の脳が判断した私の行動は、きっと、土方さんの質問の答え。


 力を、自分を守る為に使うと答えていた私が、ちゃんと出した答え。




「私は、この力を、この刀を誰かの為に振るいます…。」


「…なら、今は誰の為に振るう?」




 声が震え、それでも、私は振り返って彼の目を見て言った。



「今は、貴殿方の為に、振るいます。その為に得た、力だから。」



「……そうか。」



 微かに笑った土方さんに背を向け、私は池田屋の中へと走り出した。


 隊士達の横をすり抜け、勇さんの近くに行き、私は叫ぶ。



「勇さん!」


「! しぃ!?」


「沖田さんを捜しに行きます!彼の行きそうな場所を教えてください!」


「恐らく二階だ。この辺りにはいない!」


「二階……!わかりました!」



「あ、しぃ!」



 階段を見つけ、駆け上ると、近くに倒れている藤堂さんを見つけ、懐から手拭いを出し、彼の致命傷であろう額にあてる。



「藤堂さん!しっかり!」



 そう声をかけても、彼からの返事はない。

否、返事という行動を止められているみたいに、口を動かす事が出来ない様だった。


 目を開けて私を見はするが、それ以外は何もしない。


 不自然、まさにその言葉の通りだ。



「っもうすぐ、土方さん達来ますから、気をしっかり!沖田さんは、私が捜しますから!」


「っ…!!」



 私の言った事に反対する様な眼差しに、また違和感を覚えるものの、私はその場に藤堂さんを寝かせて二階の部屋を見て回る。


 どの部屋も、辺り1面が血塗れで、倒れている者も数名いたが、新選組の人間ではない



 沖田さん、どこにいるんだろう?



 未だ、見ていなかった部屋を見つけ、私はその部屋に慎重に足を踏み入れた。


 今までみてきた部屋よりも荒れていて、襖なんて切られている。



 最早、悲惨な部屋を数分で見慣れてしまった私は、その部屋の最奥をちらりと覗き、そして凝視した。


 理由は、簡単だった。

あの沖田さんが、刀を杖にして立ち、口を抑えて腰を丸めていたのだ。真っ赤に染まり、まるで鳴き疲れた蝉を思わせる位、弱った姿。


 その光景の意外さ。



「お、沖田……さん?」



 そう小さく呟けば、彼は気付き、背筋を伸ばしてにっこりと微笑む。



「僕、許可してないですよ。戦場に出ていいって。」



 その笑みは、強がりか優しさか。

恐らくは、前者だろう。しかし、私にはそんな彼の笑みが、いつもとどこか違う様に見えた。


 刀を畳から抜き、血を払って鞘におさめ、ゆっくり、ふらふらとおぼつかない足取りで近寄ってきた沖田さんは、窓を背にして私の前に立ち、私の頭に手を置いた。



 優しく撫でる彼は、笑んだまま言った。



「お仕置きに、稽古は暫く無しにします。が、茶菓子でもつまんで喋る位は、許可してあげます。」


「……じゃあ、お茶菓子を買って、お喋りしに、行きます…。」


「はい。」



 嬉しそうに笑った沖田さんは、その会話を最後に、その場に崩れて倒れた。

 死んだ、のではなく、気絶した、が正しいが、やってきた永倉さん等は、沖田さんが死んだのかと心配していた。


 後に、担架に積まれ運ばれていった怪我人等は、先に頓所に戻り、私は後の片付けをしてから、正午に池田屋を出た。


 町からの視線は、酷く軽蔑を含んだ冷たいもので、新選組の名が天下に轟いたこのきっかけの事件は、町にとっては願ってもないモノとなった。





***************





 ──事件から数日。

捕縛し損ねた尊王攘夷派の藩士等を捕縛し、新選組では、事件で重傷を負った数名が死んだ。


 藤堂さんや沖田さんは、というと、然程重傷でもなかったらしく、あと数日寝ていれば治るとの事だった。


 早期発見で手早い手当てをした事により、一命をとりとめた者もおり、彼等二人の手当て後、知ってる限りの現世での手当て方法で隊士等の手当てをしていた私は、そんな者等から、感謝されたりした。



 そんな事件後の束の間の休息。


 私は、谷さんと松原さんとで、町に買い物に来ている。



「おーおー。羽織着てないと目立たねぇもんだなぁ。」


「それはそうです。羽織の色が特徴的なのが、我等新選組ですからね。」


「そうだった。だが、嬢ちゃんのはまだねぇよな。」


「あ、そういえばそうでしたね。」


「い、いえ。私は、結構です。新選組じゃないし……いさ……お父様の手伝いをしてるだけですから。」



 大分、幹部とも打ち解けてきた今日この頃。


 夕餉の買い出しとちょっとした茶菓子を買いに来た私達は、自分達が一躍有名になった事で町からの目線が恐いかなという予想をしていたものの、そうでもなかった事について話をしていた。


 私は、沖田さんと話をする為に見舞いの茶菓子を買いに来たが、二人は夕餉の買い出し当番だったが故に、同行しているだけである。



「手伝いっつったってよ。あの一件以来、新選組は巷で噂の人斬り集団。お前が近藤さんの娘なんて知られたら、すーぐに狙いの的だぜ?」


「そんな事したって何の利益もないでしょうに、する人いるのですか?理解しかねますが。」


「…………私も、理解しかねますね。貴女のその思考は。」


「?」


「……ふと、思うのです。貴女からは、人間として何かが欠けていると。」



 ゆっくり歩き、賑わう町を見ながら目的の店へと向かう中で、松原さんはこんな話をしだす。



「荒冷華さんが何故、あの様になったか……。その理由を、貴女にはお話しておきましょうか。」


「…。」


「…未だ、貴女が来る少し前。芹沢さんが生きていた時、彼の知り合いが私達に預かってほしいと、彼女を連れてきたのが始まりでした。」








 ─── 彼女は、貴女と同じ様な達観的な子でした。

いつも無表情で、力も無く、どこか人間離れした子供。


 武田は、そんな彼女のお守り役を命じられた時、凄く不思議な子だったと話していました。


 その言葉通り、不思議な子だった。


 私達には見えない"何かの話"を、いつもするのです。

今日はそれが沢山いた、それに憑かれている人が凄く可哀想だった、と。


 時に、彼女は未来を予知しました。

その事を信じた者は居らず、唯一居たとすれば、芹沢さんだけ。


 そんな彼女が慕い、そして彼女を娘の様に可愛がっていた芹沢さんを私達が暗殺した日……。


 彼女は変わりました。


 枷が外れた動物の様に、狂ったような明るさを振り撒き、そして強くなった。


 その力を試すように土方副長に勝負を挑み始めたのも、仕返しの為でしょう。


 彼女は、逆襲をする事を私達に告げましたが、新選組から抜けはしませんでした。


 理由は、恐らく相手をしてくれる土方副長に対して恋心でも抱いたからでしょう。



 彼女は、戦闘の時はまるで鬼の様になり、復讐心を愛に変え、通常はただの町娘の様になりました──。





「……そんな時、貴女が現れ、土方副長が貴女のお守り役となった。彼女が貴女に力を得させまいとしたのは、邪魔な貴女がいつか、足手まといになるからと自主的に去るような状況にしたかったからだと、気付くものは気づいています。」



 衝撃的なその事実に、私は言葉を失った。

話を聞いて、原田さんの言った事はこれかと直ぐにわかった。


 荒冷華さんと私……確かに似ている。


 彼女も視える側の者だった。

土方さんも視える側で、確かおじい様も視える側だ。


 ……でも、違う。



 彼女は、自分から話していたが、私は話していない。

結果がどうなるか、全部わかるから尚更言わない。土方さんにはバレたが、他は知らない。



 ……同じでは、ない。



「……ま、確かに似ちゃいるが、そのわからねぇ"なんか"の話をしないだけいいだろ。それに、こいつは総司がはなっから気に入ってたガキだぜ?あぁはならねぇよ。」



 私の頭をがしがしと力強く撫でてそう言う谷さんに、松原さんは私を見つめ、「そうですね」と笑った。





 ──その後、買い物を済ませた私達は、頓所に帰ってから別々になり、私は、茶菓子をもって沖田さんの部屋に向かった。



 沖田さんは、起きていた様で、障子を開いた私の手元の茶菓子を見て笑い、「本当に来るなんて馬鹿ですね」なんて言った。


 満更でもない顔で言う辺り、待っていたのだろうと思った私は、「はい、来ちゃいました」と、同じように笑った。



 お茶を用意し、茶菓子をつまみながら、ただのんびりと夕餉までの時間を過ごす。


 こんな時間が、何故かたまらなく好きだ。

気分が落ち着くのもそうだが、多分、私自身のんびりとしたかったのかもしれない。



 ずずっとお茶を啜り、こくりと苦味のある茶を飲み込む。



 すると、沖田さんは突然、空を見上げながら言った。



「〈怪異ミエナイモノ〉って、信じますか?」


「! ……幽霊の事ですか?」



 尋ねれば、彼は首を縦に振る。



「馬鹿馬鹿しいですが、それがこの世にいると信じてる人もいるんですよ。呪われた、祟りだ、なんてね。」


「……沖田さんは、信じてるんですか?」


「まさか。……信じませんよ。ソンナモノ。」


「…。」


「貴女は、信じてるんですか?」



 その質問に、私は笑った。



「信じない、いえ、信じたくないです。」


「信じたくない?」


「ふふっ可笑しいでしょ?けれど、嘘を言わずに答えれば、信じたくないんです。…考えたくもない。」


「……恐いんですか?」


「恐いですよ。失うモノが多いもの。」


「…。」


 きっと、視えない彼には、わかりもしない事だ。

だが、それでいい。視えない方が、戦う貴方には好都合なはずだから。


 少し笑った私に、沖田さんは、何かを言おうと口を開けた。

 だが、その瞬間、聞こえたのは別の声だった。



「俺は、そうは思わんな。」


「! 一ちゃん居たの!?」


「ぶっ殺すぞ。」


「ちょ、ま、僕怪我人だからね!?優しくしてよ、長い付き合いでしょ?ね?」


「あ……ふ、ふふっ。」



 いつの間にか居た斎藤さんが、沖田さんの反応に拳を振り上げ、沖田さんは焦りながら宥めようと試みる。

 意外な場面に、少し驚いたが、笑いがこみ上げ吹き出す。


 すると、沖田さんはむっと、苛立った顔になり、私を軽く睨む。



「ちょっと、詩祈さん?何で笑ってるんですか。」


「あ、すみません。お二人、仲悪いんだなぁって。」



 理由を述べれば、沖田さんは目を見開き、斎藤さんの肩を寄せては「何いってんですか!仲良いですって!」なんて言い、斎藤さんはそんな彼を殴りながら「寝言を言いたいなら寝かしてやるぞ、永遠に」なんて言う。


 子供みたいな姿は、藤堂さんの特権かと思ったが、どうやらこの二人も子供みたいなやりとりをする辺り、警察とは思えない面が未々ありそうだ。



「て言うか、一ちゃん何でいるのさ。僕と詩祈さんの話に混ざりたいの~?」


「混ざりたくはない。だが、個人的に稽古の話を詩祈にしに来たのは否定しない。……そして、ちゃん呼びやめろ。」


「え、可愛いじゃん。一ちゃんって。ね、詩祈さん?」


「野郎……その首叩斬ってやる!」


「はいはい、喧嘩しないでください。土方さん呼びますよ!」



 子供の私が仲裁に入ってやっとやめる二人だったが、視線は未だ、互いに火花が散っている。


 土方さん、どうやってこの二人を止めていたんだろうか。

 やっぱり、怒鳴ったりしたのだろうか?


 少しだけ、そんな場面を想像すると、これまた納得いく場面だった。


 納得というか……最早、お母さんと息子のイメージだ。



「…詩祈、まさかと思うが、今あんた、とんでもなく失礼な事を考えてないか?」


「へっ!?……い、いえ!考えてませんよ?土方さんがいたらお母さんに叱られる息子達みたいだなんて。」


「思った事を真顔でそのまま言われると、怒りを通り越して失笑するんですけど。」


「う……すみません…。」


「……ま、その通りなんですけどね。」


「えぇ…。」






 ──他愛ない話をして、私達は笑った。


 少し前まで、知らない人だった私達は、共に過ごす中で、距離がまた近付いた。



 無論、彼等だけではない。






「藤堂さん。」


「ん?おぉ、詩祈じゃん!元気かー?」


「それは、私の台詞ですよ?」


「あ、そっか。」


「ふふっ。」


「おいおい、俺等もいんだぜ?お二人さん。」


「忘れられたら俺等拗ねるぞ?」


「おっさんが拗ねるのは流石に引くよ。」


「うぉい。」






 沖田さん等と会話した後、藤堂さんの所に行ってまた他愛ない話をした。


 笑い合う様になったここ最近。

彼等からもよく話をかけられるようになった。



 幹部とも打ち解け、隊士等ともすっかり話をする様になった私の日常。


 毎日が楽しく忙しい日常。







 けれど、決して忘れない。己の立場と本来いべき世界の事は、彼等との境界であり、壁。







 その壁である未来を知る彼女の知らぬ場所で、既に、始まっていた──。





**************





 ──「…土方さん。」


「…何だ。」


「私、処刑ですか?」


「さぁな。」


「……冷たい。」



 小さくそう言って、直ぐ近くにいる見慣れた子供。


 女嫌いであり子供嫌いでもある俺にとって、その二つを満たすこの少女の存在は、嫌なモノ以外の何モノでもなかった。


 子供を刺し殺した罪で手を縛り居させているこの部屋は、他の誰もが知らない部屋。

 牢屋でもないこの部屋は、ある日を境に、この少女が作ったモノだった。


 奴等が視えずに済む部屋でも、決して、居心地がいいとは世辞でも言えない。



「詩祈ちゃん、笑う様になりましたね。良かった。」



 ……。



「…彼女、貴方の仲間を殺しますよ。」


「!」


「あ、今傷つきましたか?ごめんなさい。そんなつもりなかったんですけど。」



 言葉を失った事よりも、そいつの言葉を気にしてしまう自分がいる事に驚いた。

 気にする必要ない。だって、彼奴は近藤さんの血筋だ。


 ……近藤さんの血筋が、近藤さんの仲間を殺す訳がない。



 そう、思いたい自分がいた。



「戯れ言は他で言え。俺は戻る。」



 背を向け、さっさと部屋から出ようとした俺に、彼奴は囁く。



「いいんですか?あの子は、貴方から大切なモノを奪うんですよ?……私の未来予知は、外れたことないんですよ?」



「…偶々、だろう。」



 耳をかさず、部屋から出て戸を閉めよう引いた時、彼奴はまた小さく呟いた。




「〈怪異〉は、人間を喰らって生きるのよ。貴方も、一人になる。」




 その意味を知る由もない俺は、自室に戻ってから、右腕を左手で掴み、変な疼きをおさえる。




「…………〈怪異〉、か。」















 ──そう。未来に向かっての、準備が。

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