第七話 最狂の少女
更新遅れてすみません!
今回ちょっとだけグロいかもです!
「はぁッ!えぇいッ!」
小鳥の囀りが耳に心地いい春の朝、そこにいるのは、木刀を手に汗を流している袴姿の黒髪の少女。
その少女の青い瞳に映るのは、木刀のみ。 迷いを捨てきった様は、どこか悲しげで、だが、狂気的でもある。
「熱心だな、荒冷華。」
「!武田様…!」
声をかけた男性は、顔色ひとつ変えずその少女の手を見つめる。
「鍛練を怠らないその姿勢はいいが、己を追い詰めるのは誉められたモノではないな。」
「あ……これは、鍛練のし過ぎじゃないです。ちょっと、転んじゃって。」
「……そうか。」
真っ赤に濡れた両手を手拭いで拭き、悪意なき無垢な笑顔の荒冷華を前に、武田はポツリと呟く。
「昨晩、近藤局長の娘を見て、己の道を間違いだと感じたか?」
「…!」
荒冷華は、ピタリと動きを止め、目を限界まで開きながら武田を見上げる。
背筋の凍る様なその目をただ見下ろす武田は、微かに微笑むと、驚くほど低い声で再び言った。
「私は、間違いだと感じた。あの真っ直ぐな目を見たら、土方副長も揺らぐだろう。……お前と比べたら、尚更、な。」
「…私は、間違えていません。彼の傍にいたい気持ちも偽りではない。」
「…。」
すれ違う様にこの場を去っていく荒冷華の幼く小さな背中を見つめ、武田は小さく息を吐いた。
「これは、ひと嵐来そうだな…。」
**********
ふわふわと蝶が飛んでくる。その蝶は、静かな部屋に入り込んで、私の手のひらで羽を開いたり閉じたりしはじめる。
色のない蝶は、綺麗なんて思えやしないが、懐いてくれるのは嬉しい。
「あなたは紋白蝶かな?それともキチョウ?…でも、この薄い灰色は、紋白蝶かな。」
一人言に聞こえるかもしれないが、私は確かにこの蝶と話をしている。その証明になるかわからないが、蝶が返事の代わりにとんだり止まったりしている。
何故か、幼い頃の記憶はなくとも動物等の生物からはよく懐かれる体質なのだ。
何とも不思議なモノだ。
「あ、待って…──!」
考え事で頭が真っ白になった時、蝶が手から空に舞い、開いたままの障子から晴れ渡った外へと飛んでいく。
その先にいる誰かの横をきった一瞬の風が、その人の髪を柔らかく揺らした。
ゆっくり見上げ目が合うと、その人は微かに笑う。
「蝶がお前の遊び相手か?」
「…否、違い、ますけど……。私、外へ出れないから…。」
蝶と話していた事を見られ、その恥ずかしさから伸ばした手を引っ込め顔を背けると、その人……原田さんは、優しい笑顔で部屋の中へ入り込む。
「まるで籠の鳥だな。」
「か、籠の鳥って……!」
「面白くないだろ?こんな男所帯で、一人なんて。」
「!」
私の前に屈み、背けた顔を覗きこみながら、優しい〈黄緑色〉の蝶をちらつかせながら笑うと、彼はにっかりと歯を見せる。
「外が駄目なら、中ならどうだ?面白いもの、見してやるよ。」
「え、でも……。」
「いーから!よし、いくぞー。」
「わぁッ!?い、行くってどこへ!?」
長身の原田さんは、私を抱えあげながら、片目を閉じてウィンクをすると、あいてる片手の人指し指を自分の唇にあて「ナイショ」とだけ言ってのけた。
顔が美麗なだけに、少しばかり緊張してしまう。
この人は、とても女性に甘い人なのかもしれない。この優しい〈色〉が、突然消え去ったりしなきゃいいけれど。
**********
ざわざわと吹く風に沿っていく様にして廊下を歩いていくと、どこからか人の力のこもった掛け声と竹刀同士がぶつかり合う軽い音が聞こえ始める。
(これは……稽古をしている音?)
女の子なら誰でも憧れる抱き上げ方であろう“お姫様だっこ”をされたまま、私を抱き上げている本人を見る。
「その様子じゃあ察しついただろうが、今から見に行くのは俺たちの稽古場所だ。」
(やっぱり……。)
「やっぱりって顔だな。そんなつまらなくないぞ?見たいだろ?土方さんと荒冷華の一騎討ち。」
耳を疑う名前に、私は原田さんを凝視する。だって、土方さんと荒冷華さんが一騎討ちをするなんて、可笑しい。
あんな仲の良い二人(土方さん本人は鬱陶しいと思ってる)が、戦うなんて。
私のあまりの驚きっぷりに、思わず噴き出した彼は、笑顔で私に話をした。
「実は、昨日お前と総司が稽古し終わった後で、俺たち幹部の集まりがあったんだよ。」
「集まり?」
「あぁ──。」
──幹部の集まりは、毎回突然だ。が、最近は、〈惨殺事件の事〉で、深夜に集まって会議をする様になってな。その日の巡回で気になった事があったりしたら報告するって感じなんだが、たまたまその場にいた荒冷華が変な事を言ったんだ──。
「変な事、ですか?」
「あぁ。──お前に、剣術を教えない方がいいってな。」
「剣術を?何故?」
首を傾げて訪ねた私をちらりと見て、すぐ前を見た原田さんは、足を前へ一歩動かしながら答える。
「その答えは、見てりゃわかるかもな。」
「?…──!」
彼の見つめるその先に顔を向けると、人込みに紛れて微かに、見たことある少女と男性が向き合っているのが見えた。
隙間という隙間から吹き抜け、私の顔を撫でていく生暖かい風は、嵐の前の静けさを表すようで、心臓が嫌な意味で大きく脈打ちだした。
そう言えば、誰からかこんな話を聞いた事がある。
何処かで蝶が舞うと別の何処かで嵐が起きるって、話。場所によっては、竜巻が起きるとも言い伝えられているそうだが、私の場合、嵐が起きるようだ。
今まさに、嵐が来そうな程だ。きっと、あれは土方さんと荒冷華さんだ。荒冷華さんが、木刀を片手に土方さんを見上げている。
嫉妬と愛情の〈赤黒い色〉が彼女を覆っていて、彼女の顔が見えない。
近づく度に鮮明に見えだす取り巻きは、恐らく隊士達だろう。なかには、幹部までいる。
「あ、左之さん!」
「よぉ。幹部全員、来てたか。」
「そりゃ幹部皆揃いますよ。なんせ、あの子が土方さんに喧嘩売るなんて珍しいですからね。」
「まぁな。ついでに、喧嘩の原因を連れてきた。」
(え、原因?)
「詩祈ちゃんが原因なんざ、皮肉だなぁ。」
「おー。詩祈の戦い方が単に真っ直ぐってだけなのによー。」
幹部の会話は、彼女達が一騎討ちする理由についてなんだろう。だが、何故、私の戦い方と剣術をさせたくない理由が重なるのだろう?
私が、彼女の事を気にする様に、彼女の方も私が気になるのだろうか?下に居たくない、越えたいと思う対象となっているのだろうか?
……よくわからない。
「貴女には、少し難しいでしょう?彼女という人物は。」
「!…山南さん。」
「えぇ!?」
「さ、山南さん……。」
突如、背後から現れた山南さんは、驚く幹部達ににこやかな表情を見せ、土方さん達を見ながら私の隣に歩いてくる。
その左腕には、やはり包帯が巻かれており、動く気配がない。 ふいに、彼を中心としたその一帯が冷たくなっていくのが身で感じる。
「久々じゃねぇか?表に出てくるの。」
「えぇ。近藤局長のお嬢さんの様子を見るついでに、この楽しげな騒ぎを見に来たのですよ。」
「山南さんと詩祈さん、もう会ってたんですか?」
「勿論。じゃなきゃ見に来ませんよ。」
目を細めた山南さの言葉一つ一つに、顔を見合わせ始める幹部達。そんな彼等のうちの一人である斎藤さんが、今まで開かなかった口を開きだす。
「始まるぞ。一騎討ちが。」
『!』
「楽しみですね、詩祈さん?」
「……そうですね。」
風が止み、周りがしんと静けさを取り戻す。
辺りに緊張感が伝う中、ぐちゃぐちゃだった〈色〉が、一つにまとまっていく。
ただ、彼等の黒く穢れきった〈怪物〉達を置いて。
「始め!」
合図が響いたその瞬間、同時に地面を踏んだ二人の間に、木刀がぶつかりあう。
昨晩も聞いた木刀のぶつかりあう音が、昨晩よりも強く大きく響き、嵐が起きた様に風が吹き出す。
その力強さに、不本意にも魅せられた私は、彼等の一騎討ちを食い入るようにみていた。
舞う様に木刀を振り、避ける様さえ可憐な荒冷華さんは、その様に似合わない男顔負けの力は、土方さんとひけをとらない程だ。
だが、その一方で土方さんも、持ち前の素早さで彼女の勢いある攻撃を避け、それと同時に真っ向から振り上げる木刀は、彼によく似合う真剣さが伝わる剣筋だ。
彼等の激しく凄まじい攻防を目に、私の胸が熱くなる。
強くて、綺麗で、魅入ってしまう位熱いこの二人の勝負。……でも。
でも、何故だろう?彼等から、何かを守ろうとする意志が伝わってくる。
何を、なんて言えないけれど。
声もでないくらい見入っていた私を見ていたのか、クスリと笑う声が私を現実に引き戻す。
「な、何か?」
「あぁ、すみません。あんまりにも一生懸命になって見てるもんだから、可愛いなぁ、と。」
「う……。」
「まぁ、夢中にもなるよなぁ。すげぇし。」
笑う沖田さんとは裏腹に、藤堂さんは二人を見ながらそう言った。実際、凄いと思った事はきっと他も同じだろう。
だが、何が凄いかなんていうのは、それぞれ違う。沖田さんからすれば、多分あの二人にたいして期待したものがたいして期待にそわない結果だったのかもしれない。
だって、笑っていても、厳しい目で彼等を見ているから。
「あの二人、すっげぇ必死だが、理由は大したことじゃねぇんだぜ?」
(あ、そう言えば……。)
「あの、二人が一騎討ちしてる原因っていうか、理由って…?」
「左之助、話さなかったのか?」
「おう。話すのもあれかと思ってな。」
「おいおい……。」
「?」
原田さん中心とする谷さんと永倉さんの会話に首を傾げて黙っていると、再び斎藤さんが口を開きだした。
「昨晩、お前と総司が稽古している様を俺達幹部と荒冷華が見ていたのは、気付いただろうが……そのあとの事は原田から聞いただろう。」
「あ、はい。なんか、惨殺事件の事で会議をしていたとか。」
「そうだ。恐らく、お前の身を案じたのだろう。荒冷華が、お前に剣術を教えるのはやめた方がいいと言い出したのが主な原因だ。」
「それも原田さんから聞いてましたが……、やっぱ、私の体が弱いからですか?」
「否、別の事だろう。…この後の荒冷華を見れば分かるが、あの娘は、まともではない。」
「…。」
“まともではない”。それが、私の視た〈怪物〉ともし繋がるものだったら……。
斎藤さんの言う事が事実だと思いたくなくても思わせる幹部達の顔色は、明らかに苦笑いや知らぬ振りばかりだ。
事実……なんだ。
地面に目線を変え、沈黙した空気の中、木刀が再びあの大きな音を響かせた。その音で思わず顔をあげた時、木刀が高く飛び、それが私の方に降って来るのが見えた。
降って来る木刀の持ち手に見えた真っ赤な血は、土方さんのものか、はたまた彼女のものか、私にはわからなかった。が、降ってきたそれを、瞬時に鞘ごと奪い取った武田さんの刀で空へ弾いたのは、紛れもない私だ。
隊士等の視線がその時一気に私に注目したのが、とても怖かったが、何より怖かったのは、結果的に私の近くに落ちた木刀を拾いに来た荒冷華さんの目が、顔が、〈色〉が、確かに殺意を抱いていた事だった。
そのあとの事は、何もなかった。
一騎討ちに負けた彼女は、さっさと自室に戻り、土方さんは取り巻いていた隊士等を怒りで散らせた。幹部等は、土方さんと話したり、山南さんと話したりしていて、私は、ポツリと残された感じだった。
否、残されたというより、自分で彼等が近付けない様な気を放っていたから一人だっただけだ。
ただ、少し部屋に戻りにくい感じがあって、しばらく庭を眺めたり土方さんにばれないように隠れて廊下をあるっていたりしていた。
不思議とその時間が楽しかったのは、きっとかくれんぼみたいだったからかもしれない。
**********
頓所内を長らく歩き回って夕方まで時間を潰していたが、それすら退屈になってきた頃、廊下でぼーっと突っ立って外を眺めていた私は、ふと自分の手を見た。
小さくて、細くて、骨っぽいこの手で握った木刀の感触とは違う刀を振ったあの感触が、濃く残っている。
木刀よりも軽くて、振った瞬間の感覚がほとんどなくて……、爽快感すら覚えた。
何より不思議だったのは、私が木刀を弾いた事だ。
何故、弾けたのか、全然わからない。考えていたって、きっとわからないだろう。だが、もし、このまま剣術を習い続けたら、その答えがわかるだろうか?
……ここから、おじい様の所に帰る事ができるだろうか?
そう思った時だった。
「こんなとこでなぁにしてんだ?」
「あ…また、原田さんですか…。」
「“また”とは失礼だな。」
「すみませんね、失礼で。」
再び、音もなくひょっこりと現れた原田さんにたいし、素っ気のない反応を返し、また、ぼーっと外を見る。
暮れ始めた世界は、白黒で彩られ、色が見えても人の〈色〉程鮮明ではない。嫌いな世界でも、これが、私の見る世界だから、意地でも好きになるしかない。
つまらない世界が急に色がつきかけたあの勝負の時の景色は、勝負が終わればいつもの景色に戻る。
皆、こんな世界のどこの何が楽しいんだか。
「…勝負、してみたいとか思ったか?」
「……え?」
耳まで通ったその言葉に、私が振り返ると、原田さんは少しだけ私と似た顔をした。
「否、まぁ、この御時世だ。女が刀を握るのも不思議じゃあないかもしれない。……だが、彼奴は刀を握ったら別の人間になってる。お前の事も、同じ名前だからか、少し似てる感じがしてな。」
「…つまり、刀を握った私が貴殿方に牙を向くと?」
「そうじゃないが……。」
ゆるい風が頬をかすみ、草の揺れる音が耳に心地いい。
「…私が、あの勝負を見て思ったのは、この腰に携えている物がただのお飾りにならない位の力を得たい……それだけでした。」
「……何に、その力を使うんだ?」
「素朴な疑問ですね。……自分の身を守る為です。それ以外に何かありますか?」
「あ……はははっ!そりゃそーだ!」
ただ、思った事を言っただけなのに吹き出し笑う失礼な原田さん。
確かに失礼だ。だが、笑っているのは馬鹿にしているからではない。
ただ、笑ってるだけだ。
面白くもなく、ただ単に。
原田さんの笑顔に、少しだけつられ、顔が綻ぶ。
一瞬、彼が目を見開いたが、私の頭にその大きな手を乗せ、まるで兄弟をみる様な眼差しで笑った。
「近藤さんの娘だもんな。そういう風な考えになるのは当然か。」
原田さんは、そう言って頭を撫でる。
何だか恥ずかしくなった私は、顔を俯け小さく笑った。
私に兄が居たら、こんな感じなんだろうか…。
「おーい、巡察の時間だぞー!左之ー!」
「おっと、もうそんな時間か。」
表で原田さんを待つ者等のことを原田さんが見ると、彼等は「早く!」と急かした。
「じゃあな、嬢ちゃん。総司との稽古、頑張れよ。」
「はい。…原田さんも、怪我なさらない様に気をつけて。」
「おう。」
槍を片手に走って行く原田さんの背中を見つめ、私も、近寄ってきたその人を見た。
「お話し、楽しかったですか?」
「はい。…稽古の時間ですか?」
「あ、やる気満々ですね。じゃあ、今日は特別に手加減無しにしましょうか!」
「手加減する気なんてなかったでしょうに……。」
沖田さんに渡された木刀を手に、嬉々とした笑顔の沖田さんを遠目に見つめ、彼の後を追った。
───数刻経った。
「っはぁ……はぁ……。」
「わぁ、未だ二日目ですけど、少しは腕あがりましたね!マダマダ雑魚より下レベルですが!」
辛辣だな。これでも、結構頑張ってるんだが。
じとっと、ニコニコ笑顔の沖田さんを見上げ、木刀を杖にして立ち上がる。
「っ……も、一回!!」
「そんなに何回やっても、直ぐには身に付かないんですが……。まぁ、いいです。じゃ、もう一回だけ。」
「お願いしますっ!」
木刀を構え、互いに見合うと再び飛び掛かる。
何度打っても掠りもしないが、それでも力の限り打ち続ける。
もっと強く、もっと早く、もっと……真っ直ぐ。
右に打って受け止められた私は、一瞬私から見て左後ろの隙を見つける。
此処、横に打ち込めば。
再び真正面に打ち込み、また同じ、右に打ち込む動作をする。
確かに、沖田さんが目を光らせ、受け止める動作をしたのを見た私は、手首を捻らせ、左へ横打ちを仕掛けた。
やった。
そう思ったのが分かったのか、彼は笑って小声で言った。
「甘い。」
「! わぁあ!?」
すっと避けた沖田さんは、上から私の頭を木刀で軽くついた。
転けるのは当然だった。
左に打ち方を変えた時、私は力を全て込めた。故に、引力が働き、私はくるりと回りフラフラしていたのだ。
軽いつつきでも、立ってはいられなかった位に。
「惜しかったですね~。でもマダマダです。僕に勝とうなんて、10年早いですよ。」
「っ……しくった……。」
「あ、本性だした。」
「~~~~~~っ五月蠅いです!」
ふんっとそっぽを向く私に、沖田さんは屈んで私を笑い見た。
「隠さないでくださいよ。案外好きですよ?そういう毒を吐く性格。」
果たして、この発言は警察のしていい発言だろうか?
私は、してはダメな発言だと思うが。
「嬉しくないです。」
「誉めてませんし、僕の好みの話ですし。」
減らない口だ、なんて考える位、私の自由だ。
だから言ってしまうが、私はこの人のこの笑みが嫌いだ。
裏や含みがあって、言ってる全てが疑わしい。
「んじゃ、今日はここまでにして。」
「わっ!?」
腕を引っ張り私を立たせると、腕を引いたままさっさと頓所の中へと向かう。
「ど、どこに行くんですか!」
「どこって、ご飯食べるんですよ。要らないんですか?」
「あ。」
そう言えば、原田さんと話した後直ぐに稽古をしていて、今の今まで食事の事なんてそっちのけだった。
まさか……沖田さん、気付いて……。
「あ、勘違いしないでくださいね。僕は食事のあとにまた稽古を再開なんて面倒だと思ったから付き合ってただけです。」
うん、この人はこういう人だ。
「わかってますよ。……可愛いげない。」
「貴女に言われたくないなぁ。」
私の心を読んだのか、追い討ちする様に言った可愛いげない言葉は、優しさの欠片もなく、ぼそりと思った言葉を言えば、彼は笑いながら、また必要のない言葉を返す。
この皮肉さを込めた辛辣な言葉の掛け合いは、出会ってから間もないのにも関わらず、さも始めからこんな言い合いをしていたかの様に続き、不自然さがない。
否、その言い合いができる時点で不自然なのだが、まぁ、この際いいだろう。
「あ、そうだ。明日は一ちゃんが稽古を見てくれるそうなんで、僕は巡察に行きますね。」
「わかりました。…野垂れ死なないでくださいよ?沖田先生。」
「やだなぁ、誰に向かって死ぬなんて言ってるんですか。それと、先生なんて止してください。仮にも貴女は近藤さんのお嬢さんなんですから。」
「……はい。」
゛近藤さんの娘゛……。
本来孫である筈の私に増えた要らない肩書きだが、孫と言えば面倒な事になる。
仕方がない、そう一言で言ってしまえば、どうしようもないのだが。
「ん?どうしました?」
「いえ、早く行きましょう。」
「?」
何も知らない貴方からは、警戒の〈色〉が視える。
けれど、たまにその〈色〉が溶けて無くなる瞬間がある。
私は、その瞬間が嫌いだ。
……嘘つきの私には、警戒を解かないで欲しい。
私は、知っている。この生活の果てに、幸せはない。
歴史は、変わらずずっと、この先の未来へ在り続けるのだから。
だから、責めてこうして目立たぬ夜に溶ける様に、私は彼等との距離を保たねばならない。
明日も変わらず、私は帰る方法を探すのだ。
──そうやって、私は徐々に彼等の生きている時間の一部を食らっていった。
剣の技だって上がったし、隊の皆さんや幹部の方々とも会話はある程度日常となったし……。
問題無く過ごせるのは良い事だ。
だが、私が帰る方法の事は何一つと手掛かりがなかった。
この数ヶ月間という時間を使って町中全て探しても見つからない。
そうやってやるべき事以外が進んで行く生活が続き、今に至った私は、今、勇さんの前に座り、複雑な思いをしている。
「……私に、池田屋の事件の組分けに参加しろとは、それは冗談ですよね?」
「冗談じゃあない。……血なんて、まだ見せたくはないが……君にはもう戦える力がある。」
「…。」
理由を聞けば、力の話。
他に無いのかと訊いて困らせる訳にもいかないから、私は黙る。
新選組の歴史を語ったのは、この人ではないが、ナオは、この池田屋事件の話を最も嫌っていたのを覚えている。
何故かは、訊いたことないが。
今は、6月上旬。
この間、何やら事件があったらしく頓所の中で変な〈色〉が混ざりあっていたばかりだというのに……。
「気が進まないのは、よく分かる。だが……しぃ、お前でなければ惨殺事件は解決せんのだ……。」
「え?」
「理由は訳あって言えん。だが、お前は〈視える者〉であり、〈特別〉なんだ。この先、お前がその手で……。」
そう、勇さんが言いかけた時、ドタドタと激しく走る音が近付き、障子が大きな音をたてながら開く。
「どうした、藤堂君。随分息が荒いぞ?」
「っ……はぁ……はぁ……こ、荒冷華が……!」
「藤堂君、まず落ち着いて……。」
勇さんが、藤堂さんの肩に手を置いた時、藤堂さんは息切れをしながらも、何が起きたのかひと言で言いきった。
目を見開き、藤堂さんを見た勇さんが、ふと表を見た途端、「見るな!」と叫びが聞こえた。
蒸し暑い6月月の事。
私が、井上さんに手を引かれ部屋に向かう途中にちらりと見たのは……。
〈化物〉に侵食されきり、血塗れの刀を持つ荒冷華さんと、私と同じ年齢ぐらいの少年の姿の、血を流したまま転がる、人でなくなった脱け殻だった。