第惨話 知り始めた者
「おぉ、しぃ!」
満面の笑みで私を見る、優し気な男性。
その声共々、見聞きしたことのある人を前に、私は目を見開いた。
「勇さん…。」
「な、名前呼びは前と変わらないんだな。」
「あ、はい…。だって若いから…おじい様とは違って。」
「そ、そうか…。」
余程ショックだったのか、若干ひきつった笑顔のもう一人の祖父・勇さんは、パッと表情を変え、「まぁ、なんだ。座って話そうじゃないか」と言い、手招きをした。
お辞儀とあいさつをして部屋に入り、障子を閉めると早速と言ってもよいくらいの咳ばらいをしだす勇さん。
どっかのお偉いさんの様だ。
「じゃ、近藤さん。俺は表に…。」
「いや、ここにいてくれ。トシには頼みがある。」
「…。」
「…さて。まず、しぃに謝らなきゃいかんな。」
こちらをちゃんと向き、勇さんは深々と頭をさげ、「すまなかった」と言った。
その姿を前に土方(?)さん同様に、困惑した私は体をびくつかせた。
「な、何故謝るのです?何もしていないじゃないですかっ。」
慌ててそういうと、勇さんは頭をあげて私を悲し気に見た。
「なにも知らず刀を渡されここに来たんだ。怖くない筈がない。」
「…。」
私は、黙った。
勇さんの言った事は、あながち嘘ではない。
でも……。
「大丈夫ですよ、勇さん。」
「そうだよな。大丈夫じゃないよな。かえしてやりたいのは山々なんだが…って、なに⁉」
驚く勇さんをじっと見つめ、少し笑いながら私は今一度言う。
「だから、大丈夫です。何か理由があるなら、仕方のない事。故に、深くはききません。」
「しぃ…。」
「…。」
仕方ない、仕方ない。
誰もが皆、いつこんな目に遭うかわかったもんじゃないこの世界で、『偶然』私だっただけだ。気にすることはない。住む場所はあるんだし、身内もいる。
問題など、ない。
そう自分に言い聞かせながら、未だ謝り続ける勇さんに笑いかけ続ける。
この時、隣にいた人がこちらを鋭く睨んでいたことなどまるで無いように。
ふと、勇さんが謝るのをやめて「そうだ」と何かに気づいた様に私を見た。
「遅れてしまったが、紹介する。お前の隣にいるのは、新選組の副長を務めている土方歳三。そして、トシにはもう言ったと思うが、この子は孫の幸咲華詩祈。苗字が違うのは俺が婿に入ったからで、正真正銘、孫だぞ。」
「…まぁ、似てはいるな。笑うところが、だが。」
「ははは…。」
紹介された土方さんを下から上まで見、私は今まで忘れていたある名を思い出す。
『新選組』。
これが警察だとは理解したが、この土方と言う名といい、勇と言う名といい…。
ここは、過去の時代ということなのだろうか?でも、新選組って幕末時代の警察のはずだ。
あの人も、おじい様もそうだ。でも、二人は私の祖父。血もつながっている。
…あれ?
私は、楽し気に話す二人を見つめ、固まった。
なんで、250年も前に死んだ筈の二人が、250年後の未来にいるの?
私が生まれたそれまでの訳が見つからない。
まさか、二人が〈怪異〉だなんてこと、ないだろう?
私の脳が、これ以上考えるのはよせとサイレンを鳴らしている。
周りの音が薄れていくのがわかり、だんだん自分の事がわからなくなり始めたその時、勇さんが笑った。
「他の皆と会ってみたくはないか?しぃ。」
突然の質問。
答えようにも声が出ない。
「あ、流石にいきなりは疲れてしまうか。明日あたりでもいいが…。」
何を思ったのか、勇さんはひとりでに話を進める。
それでも、答えられない私には救いだった。
きっちりしめられた感覚のある喉が、すっとほどかれたように楽になる。
「大丈夫、です。挨拶くらいしないと、失礼、かもだし…。」
詰まりながら言った答えを、勇さんは笑顔のまま聞き入れてくれた。
久々の会話なのに、こうも私の事をわかっているあたり、やはり血のつながった家族だ。
「ならば、今晩にでも自己紹介の時間をつくろう。確か、今日は皆そろっているだろう?」
「あぁ。だが…あの人が来る可能性はないぞ?」
「それは大丈夫だ。しぃなら、きっと気に入る。」
「こんな来たばかりの此奴を?」
何の話か、勇さんの言葉を聞いた土方さんは私を怪しむように見、しばらくして首を横に振るった。
「いくら近藤さんの孫でも、流石に無理だ。子供の此奴に山南さんを口説くなんざ。」
(山南さん?)
「あの、山南さんがいるんですか?」
「あ?」
「ひっ…!」
ただ名前に反応して訊いた私は、土方さんにまるで不良の様に返答され情けない声を上げる。
それを目にした土方さんは、自分の頭を手荒く掻きながらため息をし、じっとりと勇さんを見る。
「こんなビビりに山南さんの相手は絶対無理だ。否、最早論外だろう。」
「そうでもないぞ?トシを見て声を上げても逃げない子じゃないか。ビビりでも並の子よりは強い。」
「…。」
あのじっとりとした目を私に向け、品定めの如く見続けた土方さん。
急にあんな返答をされた挙句、論外だのビビりだのと罵倒されるという散々な対応だが、勇さんと親しいのはやはり性格がいいからなんだろう。
なんて馬鹿正直に人を過信すると痛い目見る。
そう、まさに……。
「まぁ、びーびー泣き喚く女子供よりはマシだな。」
こんな風に…!!
「はははっ。トシは厳しいなぁ。このまま言われっぱなしか?しぃ。」
「笑い事じゃないですよね、これ。」
「そうか?」
「笑い事だろ。事実なんだからな。」
「…。」
あまりの事に言葉も出ない。
失礼にも程があるだろう。
「ところで、近藤さん。」
「ん?」
土方さんが突然、真剣な顔で勇さんの名を呼び、空気が少しだけ張り詰める。
「俺に頼みって、なんだ?」
(あ…、これは…。)
私が勇さんをちらりと見ると、案の定勇さんは笑って言った。
「しぃにここの事を教えてやってほしいんだ。勿論、ある程度だが。」
「…まさか、そんなことの為に俺を引き留めたのか?」
「あぁ。…怒ってるか?」
「……別に、おこっちゃあいねぇよ…。」
どっと疲れた様に肩を落とした土方さんは、じろりと私を見た。
「わかった。一から全部教える。だが、自分の身は自分で守れ。それが出来なきゃ引きこもれ。」
「あ、はい…。」
「すまんな、トシ。」
こうして決まった、私のここでの生活においての先生と、今日の予定。
今日という日は、まだ、終わりそうもない。