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第弐話 恐れるは我が

「…何か、書いてある?」


 邸の門に立てかけられた板に目を向け、書いてあるものをじっと見る。

 『京都守護職会津藩御預新選組』と書かれたそれがこの邸が何なのかを示すものであるとわかった瞬間、私の思考が停止した。

 山南さんは、ここを私の新たな家だと言った。

 まさか、ここが家だと言うのか。


 ただ呆然と見続けた邸から誰かが出てきたのがわかったが、この場を離れ様にも足が動かない。

 新選組のものであろう男性が私に気づいたのか、こちらへ歩いてくる。

 どうしよう。おそらく新選組というのは警察の様なものだろう。言わば警察署の真ん前に立っているも同然だ。怪しまれたら、何か怖い目に遭うのでは?

 そんな不安が押し寄せてきて、どんどん目頭が熱くなってくる。


(あぁ、どうしよう。何とかしなくちゃ。今、私一人なんだから。)


 ぐるぐると頭の中で考え続けたその時、ふと私を覆いかぶさる影ができ、思わず上を見上げた。

 大きな体に、着物。髪が短く、よく見れば剣道で使う防具の胴を着けている。


「あの…。」


 自分でもびっくりする程低い声が出て、それ以上言葉は発さなかった。

 男性は、そんな私の目線に合わせる様にして屈むと、歯を見せながら笑った。 


「どーした、坊主。迷子か?」

「え?否、迷子じゃ……。」

「つよがんなって。俺も初めは迷ったくらいだし、西洋から来た奴なら尚更だよ。」


 頭を手荒に撫でながら言うその人は、どうやら私を迷子になった外国人の男の子だと勘違いしているようだ。


 でも、悪い人ではないのか?


 いつしか撫でるのをやめた男性の〈色〉は、これといって視えない。

 それとも、視えないようにしているのか。

 事実がどうかは知らないが、悪人ではなさそうだ。なんせ……───。


「あ、もしかして総司そうじに用があって来たのか?わりぃ。総司、いまは土方さん達と稽古してるんだよ。」

「あ、そうですか…。」

「あぁ。なんなら見てくか?」

「いえ、結構です。」


 この対応だ。


 警察にはあるまじき対応の仕方をするのだ。悪人だなんてまずありえないだろう。

 ましてや警察の仕事のための訓練を見学?子供一人で?


 馬鹿なのか、天然なのか。それともいらぬ親切心でもはたらいたのか。


「遠慮すんなって。俺も稽古受けなきゃだし、立場上お前ひとり残すわけにもいかないからさ。」

「否、私は───。」

「よーし、そうと決まれば行くぞ!」

「え。」


 男性は、そう言って私を担ぐと思いっきり地面を蹴った。

上下に歪んだ視界が脳に強く刺激を与え、やがてそれは吐き気と不快感を呼び寄せる。

 今にも気絶しそうな中、急ブレーキを踏んだように止まった男性は、耳が痛くなるくらい声を張り上げる。


「土方さーーん!!」

「⁉」


 片手を耳にあてがりながら後ろを振り返ると、呼ばれた男性と共に数人の男性達がこちらを凝視した。

 まるで怒ったように眉間に皺を寄せると、その人は口をひらく。


「遅い!どこで何して───!」

「平助、その子供は?」

「隠し子?」


 隠し子…⁉

 

 次々と声をあげた男性二人に、無言のまま片手を左右に振って見せると、私を担ぐ平助(?)さんが慌てて答える。


「違うよ!さっき門の前で会ったんだよ。なんか迷子っぽいし、西洋人ってことで、さ。」


 私を地面に降ろしてまるでモノをみせる様に男性達の方を向かせると、男性二人は土方(?)さんの方を見る。

 当の本人は、少し驚いたように私を見つめるも、すぐに険しい顔に戻り、胴を外しながら言った。


「そいつは、西洋人でも迷子でもない。」

「え?」

「もしかして、土方さんの知り合いですか?」

「違う。」

「では、この者はいったい…?」


「……そこのお前。」


「!」


 土方(?)さんは、胴を片手にこちらを見る。

 その目がなにを訴えているのか、理解などしようにもできない私は、一瞬体を震わせながらその人を見つめ返した。


「ついて来い。会わしてやる。」

「…はい。」


「は?ちょ、土方さん⁉」


 平助(?)さんの隣をすり抜け、土方(?)さんの後を追う。


 彼の言葉が意味するモノ。

それを知るのは私が誰か知り、私の祖父となんかしらの関係を持つ者だけがわかる事。

 この人は祖父等が信頼する人だから、私を知っているのだろう。


 結局、私の家はここなのだろうか。


 その思いが胸の内を駆け巡った時、突如、土方(?)さんが口をひらいた。


「確認の為訊くが、幸咲華詩祈こうさかしきで間違いはないな?」

「はい。」

「…なら、いい。」


 たった一つの質問。

私という存在を示すそれは、誤って違うと言えば斬られるのを思わせている。


 それ故か、長く続く廊下を歩く今も震えが治まる気配はない。


 そんな中辿り着いた一部屋の前で、土方(?)さんは、「ここで待て」とだけ告げ、部屋へ入っていった。

 心なしか、長い時間歩いた感覚が足に残っている。


「もういいぞ。入れ。」


「…はい。」




 中から聞こえたあの人の言葉に返事をし、私は部屋の障子に手をかけた。


 震える手で思い切り開いた、その部屋の先には─────。


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