第壱話 突然の引っ越し
私の生きる世界は、いつも人と違った。
すべてが白黒で、誰かとすれ違う度にその人達につく者達が視えて───。
それは年を重ねるごとに濃く、そして強く視える様になっていった。
それでも普通の人であろうとした私は、身をもって、知ることとなる。
自分がいかに弱く、人ではない存在かを──────。
三月のはじめ頃。
それは、突然の事だった。
「京都、ですか?」
「あぁ。」
ともに住む祖父が呼んでいると幼馴染から聞き、祖父の部屋へと来た私は、祖父から、京都へ行く事を勧められたのだ。
突然の事に驚く私に、祖父は話を続けた。
「心配はない。京都には、直継も一緒に行かせるし、“イサミ“もいる。」
「イサミ……って、父さんのお父上の…?」
祖父は、小さく頷き自分の手元に置いていた刀を私の前に置く。
どこかずっしりとした重みのある気を漂わせるそれは、模造刀では感じられないものだろう。
妙な緊張感が部屋の中に漂いだす。
「あの、これは…………?」
「護身用だ。…さっきも言ったが、京都は治安が悪い。下の奴らがいうに、つい最近も若い娘が立て続けに亡くなったと聞いている。今じゃ武器の所持は当然。それに、丸腰ではこころもとないからな。」
「…。」
大体80センチ位の刀を手に取ると、その重さは持ち上げるのも大変な程だ。
こんなものを持ち歩くなんて無理だ。
顔をうつむけ沈黙していると、祖父は私の肩に手を置いて優しく微笑んだ。
「大丈夫だ。この刀は、今のお前には重く感じるだろうが、時が来ればお前にも使える。」
「……はい。」
───理由のない突然の引っ越し。
今日今すぐにでも向かえというのだ。なにか、大変な事でもおきたんだと、この時は思った。
だから、私は京都へ向かった。
12歳の私にとっては、いまこの世界は普通で、京都へ行く事も、疑うことなんてしなかった。否、できなかったんだ。
人の感情の〈色〉を視る自分を受け入れる事が。
浮遊してきた祖父の友人の車に乗って、5時間。
外をぼーっと見つめていた。
人の群れ、しっかり造られた和風の建物、腰にさげられた刀は、本物だろうか?
とくに何かを思うことも考えることもなく見続けた景色の中で、すっとすれ違った男の子と、ふと目があう。
その一瞬、私の心臓が大きくはねあがった。
初めてだった。あんなに綺麗な〈色〉を視たのは。
まるで空の様に青い浅葱色の〈色〉から、誠実な強さを感じる。
あの人⋯なんて名前なんだろう⋯⋯。
「お嬢。」
「!」
名を呼ばれ、ハッと後ろを振り返ると、ドアが開かれ、すこしかがんだ祖父の友人・山南さんがこちらに微笑みかけていたのが目に映る。
「着きましたよ。あなたの新たなお家に。」
(?⋯⋯よく見えない。)
光がまぶしすぎて見えやしないが、出ればわかる。
そう思い、車の外へと足を踏み入れた時だった。
「頑張ってください。私達は、すぐ傍にいます。」
「え?」
耳元で聞こえた言葉に、思わず大きく左を見たその刹那の事だった。
まるでさっきまで見ていた街の光景が、綺麗さっぱり消えていた。
学生服を着た生徒たちも、視えていたモノも。そして、車と山南さんも。
その代わりに、たった一人ポツンと立ち尽くす私の前に、圧倒的な存在感を放ちながら邸が建っていた。
まるで、人が立ち入ることを拒む様に───────。