七
「あたし、先輩のこと好きになろうって努力したんですよ。いい人だって解ってたから、気持ちに応えたかった。最近になって、恋焦がれる恋愛じゃなくて愛される恋愛もいいかなって考えられるようになったんです。もしかしたらこれで好きになれるかもしれないって思い始めたところなのに」
沙樹はまたナプキンを目元にあてた。
「タイミングが悪かったんだね。別れようって言われたときに、そのことは伝えなかったの?」
「言ったけど駄目でした。先輩、二、三日前に一回生の女子に告白されたんですって。そしたら急に彼女のことが気になってきたって言うんですよ」
なるほど、それでふったともふられたともいえるわけか。
相手の立場や気持ちを考え、できるだけあわせようとする健気さこそが沙樹の魅力だ。件の先輩はそこを自分勝手に利用し、傷つけた。卑劣な人だと怒りすら覚える。そんな相手とは別れて正解だ。
だが沙樹の気持ちを考えると、元彼の悪口は言えない。気の毒にと思う一方で、ワタルは沙樹がフリーになったことを喜んでいる自分に気がついた。
沙樹がサークルの先輩とつきあうようになってから、バンドの練習に遊びにくる回数が減っていた。それまで普通にいた人がいなくなると、妙に落ち着かない。沙樹の姿があまり見られなくなったとき、ワタルはそれに慣れるまでしばらく時間が必要だった。またこれで戻ってくるかもしれない。心のどこかで期待してしまう。