六
「なんで沙樹ちゃんがふられたのか不思議でならないよ。横で見てる分には先輩といい感じに見えてたんだよ。それこそ妬けるくらいにね」
食後のコーヒーを目の前におき、ワタルは腕組みして考える。モカの香ばしい香りは頭を冴えさせてくれるようだ。沙樹の手元にはココアがたっぷり入った大きなマグカップがおかれ、甘い匂いを漂わせていた。
「ふられたというか、ふったというか。あたしにもよくわからないんです」
うつむき加減で話すと、沙樹はペーパーナプキンを一枚とり、目元にあてた。
「別れのセリフが『きみは最後までぼくのことを好きになってくれなかったね』ですよ。訳が解りません。どういう意味ですか?」
「言葉通りなら、先輩は沙樹ちゃんに好かれてないって思ってたことになるね。もしかして沙樹ちゃんは、好きでもない人と男女交際してたのかい?」
沙樹は瞬間動きを止め、困ったように眉をひそめた。そして小さくうなずいた。
「先輩としては好きだったんです……」
「それじゃあ、だめだよ」
「だからあたし告白されたとき、おつきあいできませんって断ったんですよ。でも『お試しだと思ってつきあってみないか。そのうちおれの良さがわかって、男として好きになるからさ』なんて言われるし、放送研の仲間や先輩たちには、断っちゃだめだって囲い込まれるし」
沙樹がそのような状況に追い込まれ、つきあい始めていたとは。ワタルは知る由もなかった。
「かわいそうに。いやって言えない状況だったんだね」
お見合いや友達の紹介だったら、そういう感じのスタートも普通にあるだろう。だがこの場合は初対面ではないのだから、始まり方としてはまちがっている。どのような形であれ、人の感情を顧みないやり方には賛同できない。