五
「つきあい悪いんだ。そんなんじゃ、彼女にふられますよお」
「あのね……」
偶然にも痛いところを突かれ、ワタルは思わずため息をついた。普段こんなことを言うような子ではない。
やはり沙樹はいつもと違う。ふられた話が本当なら、聞き役が必要だろう。だがこのようすでは相手をする自信がない。
ワタルはお茶を一口飲んで気を取り直し、遅めの夕飯を食べ始めた。温かい鍋料理で心も体もほっこりし、一日の疲れが消えていく。
バイトで遅くなる夜はいつもジャスティで夕飯をとる。マスターはワタルのために必ず一食分を確保してくれた。栄養バランスを考えた日替わり定食は、疲れた体に優しくて心地いい。このあとの勉強や音楽に取り組む力もわいてくる。
空腹が満たされたワタルは気持ちに余裕ができ、それとなく横目で沙樹のようすを伺ってみた。ときどきふうっと息を吐き、目をこすっている。
放っておくつもりだったが、どうにも気になって仕方がない。ワタルは苦笑し、箸をとめた。
「酒まではつきあえないけど、話なら聞くよ。それでいい?」
沙樹はグラスをおいてワタルをふりかえった。視線が絡まったかと思うと、沙樹の唇がかすかにふるえる。大きな涙の粒がほおをすうと伝い、カウンターテーブルを濡らした。
ケニー・ドリューのピアノが静かな店内を優しく彩る。ワタルの胸がざわざわと波打った。
「ありがとう、ワタルさん」
消えそうな声でそう言うと、沙樹は柔らかい微笑みを浮かべる。そこにあるのはいつもの自然な表情だった。
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