三
「あ……」
カウンター席でマスターと話していたのは、沙樹だった。大学には自宅から通っているので、この時間は帰宅しているのが普通だ。だれかと一緒なら不自然さはないが、ひとりでいるだけに違和感がある。
「こんな遅くにジャスティにいるなんて、珍しいね」
ワタルは沙樹の隣に座り、オーダーをした。寒かっただろ、と言ってマスターが温かいお茶を出してくれた。熱々の湯飲みを手にし、ふうっと息を吹きかけて一口飲む。全身に心地よい温もりが広がった。
「こんばんは、ワタルさん。まさか会えるなんて思いませんでしたよ。なんだか素敵な予感がするな。あたしとっても嬉しいです」
「おれに会えたくらいでそんなに喜んでくれるなら、いつでも会いにくるよ。沙樹ちゃんが望むなら、昼でも夜でもね」
両手を合わせてうれしそうに目を細める沙樹に、ワタルはウインクしながら答えた。
何気ない軽口のつもりだった。ふふっと笑って流してくれるかと思ったのに、沙樹は突然無言になり、目の前のタンブラーグラスを見つめる。何を考えているか読みとれない横顔に戸惑い、ワタルは慌てて言葉を継ぎ足した。
「あ、ごめん。沙樹ちゃんは放送研の先輩とつきあってるもんな。おれなんかがそんなことしたら彼氏にうらまれ……」
「さっき別れました」
「そっか。じゃあそんな心配はない……」
とワタルは言いかけて言葉をとめた。沙樹のセリフがとっさに理解できず、手元のお茶に視線を落とす。湯気の上がる湯飲みとは対照的に、右隣に座る沙樹からは冷たい風が吹いてきた。