二
「こんばんは、マスター。今日も冷えるね」
いつものようにワタルは、遅めの夕飯をとるために喫茶ジャスティの扉を開けた。少し照明を落とした店内では、ジャズアレンジしたクリスマスソングが響いている。マスターの趣味丸出しで選ばれたBGMだ。ロック畑のワタルだが、家族の影響で幼いころからジャズに親しんでいる。そんな耳にも満足のいくナンバーが今年も十一月の終わりから流れ始めていた。
ジャスティは料理と音楽で疲れをいやしてくれる空間だ。塾講師のバイトを終えたワタルが心地よさを求めて店に訪れたとき、時計の針は十時半をまわっていた。
十二月にも拘わらず、真冬並みに冷え込む夜だった。厚手のコートとマフラーに包まれていても、寒さが体の芯まで響く。今の心境では余計に夜風が身に応えた。
それでもワタルは冬が好きだ。暖房の効いた店内に入ったときに感じる、全身の緊張感がほぐれる安堵感。寒いからこそありがたさがわかる。白い息を吐いて歩く道のり、ずっと心に描いていた。
だが今夜のジャスティは少しようすが異なっていた。カウンター席の隅からいつもとちがう張りつめた空気を感じ、ワタルは吸いつけられるように視線を移した。
思いもしなかった人物の後ろ姿があった。心がざわつく。いつもならいるはずのない時間に、消えてしまいそうな背中をむけて座っていた。