十
ふたりは駅までの距離を、肩を並べて走った。
吐く息も凍るような夜だったが、走っていると暑いくらいだ。ワタルは途中でマフラーを外した。沙樹は腕時計をときどき見ながら、間に合いますようにとつぶやいている。軽いウェーブのかかった長い髪がふわふわと揺れ、額が汗ばんでいる。ワタルの鼓動が高まるのは走っているからだろうか。沙樹の少し荒い息遣いを聞いていると、このまま一緒に走っていたいような気がした。
「あ、信号がっ」
駅前の信号が赤に変わり、悲鳴にも似た沙樹の声が聞こえた。無視して突破しようかとも思ったが、車が多いのであきらめた。終電で帰宅した家族を迎えに来ているのだろう。腕時計を見ながら地団駄を踏んでいる沙樹の横で、ワタルは、共に過ごせる時間がもうじき終わることを残念に思っていた。
ようやく青に変わったと同時に、電車がホームに滑り込んだ。沙樹はダッシュで横断歩道を渡り、駅の階段を駆け上る。追いかけるようにワタルも走った。別れのあいさつもそこそこに改札を通ろうとする沙樹に、
「終電出たところですよ」
駅員が申し訳なさそうに教えてくれた。
「ええ、そんな……」
肩で息をしながら沙樹はうなだれる。
ワタルはスマートフォンのアプリでほかのルートを探したが、見つけられずに終わった。車を持っていれば深夜のドライブがてらに送ってもいけるが、学生の身分ではそんなものがあるはずもない。
「タクシーに乗れるような距離じゃないし、まいったなあ」
沙樹は券売機のそばにあるベンチに座り、頭を抱えている。それなのにワタルの心は弾んでいた。
人の不幸を喜ぶ? いや、そうではない。もう少し一緒にいられる、そのことが不思議と嬉しかった。どんな形であれ彼女にふられた身のワタルは、ひとりで過ごす時間をさびしく感じていた。