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3.11

 東日本大震災から、今日で3年になる。


 多くの人が被災され、今でも仮設住宅に住む人がいる中、復興はあまり進んでいない。

「避難生活による健康被害も出ているにも関わらず、行政は何をやっとるかー!!」

 と、朝からテレビに向かって文句を言う私である。


 募金したよ?

 世界からも義援金集まったよね?

 後は人が動くだけなんじゃないの?


 まあ、素人が言っても仕方がないのかもしれないが、余りにも遅いと感じる。

 正直、被災地から完全に人が離れて開発が必要なくなるまで待ってるんじゃないかとか、悪意ある想像しか出来ない。

 土地の利権の問題もあるから難航するのは分かるが、早いところ何とかして欲しいものである。


 ***


 震災の日のことをちょっとだけ書いてみよう。


 震災があったその日、私は受験を翌日に控え、早目に帰宅していた。母は家にいたが、父や妹は学校や仕事に行っていた為不在。そんな時に起こった始めの揺れで、家財がぐらぐらと揺れ、私たちは立っていられなくなった

 正直、死ぬのではないかと思った。

 少ししたら揺れは小さくなってきたが、相変わらず家財はぐらぐらしていた。

 私はさっさと裏口を開けて逃げ道を確保していた。そんな時に母はDVDの入った棚がテレビにぶつかるのを必死に防いでいた。

「なにやってんの! 逃げようよ!!」

「テレビが壊れたらもったいない!」

「命には代えられないから!!」

(結局大事にはならなかったが、震災後、次も同じことが起こらないようにDVDの棚は多少補強された。)


 その後直ぐに電気が通じなくなり、携帯の通信も通じなくなり、スーパーからは物が消えた。

 短い期間であったが、家族や親戚が分からない間は心配で仕方なかったし、食料もいつまで持つか不安だった。

 ラジオで聞いた話は希望の持てるものではなかった。もしかしたらと嫌な想像が止まらず、安否が確認できたときは悪夢から覚める思いだった。


 ***


 その日のことは、今思い出しても憂鬱な気分になる。

 誰かを失った訳でもないし、家も無事であったが、もうあんな気分はごめんだ、という位には辛かった。


 被災された方の心痛は、私などより遥かに辛いだろう。

 被災地の復興が早く進むこと、被災された方の辛さが少しでも除かれることを願っている。

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