三千歩のその先へ ~ それからの二人 ~
※今回の作品は全編を通して青年視点で進みます
三千歩から始まり、多くの世界を巡って。
俺達の旅は、まだ続いていた。
「とっても面白い世界だったね」
「ああ、確かに面白い世界だった。
とはいえ、トラブルに巻き込まれるのは御免だ……」
「うん、予定外のことが起こると大変だよね」
彼女は笑顔で受け流そうとしているが……
俺は軽く彼女のことを睨み付けていた。
「原因は俺じゃないぞ?」
「な、何のことかなぁ……」
目を逸らしても、無駄だ。
トラブルを引っ張ってくるのは大体そちらなのだから。
「まあ、それも含めて旅の醍醐味と言われたら何も言い返せないな」
「素直じゃないね、もう」
「どの口が言うのか……」
まあ、そんなやりとりも楽しいと思える程に、
一緒に旅を続けているわけだから、仕方ない所もある。
「さて、そろそろ時間か」
「そうだね」
先ほどから彼女が手に持っていた本が輝き出す。
そろそろ時間が近付いているのだと、俺達に指し示してくれている。
「次はどんな世界だろうね」
「それも確かに気になるが……」
数多の世界を巡るよりも、
最近は少しばかり気になる事がある。
「その本に残されたページは僅かしかない。
時々思うんだ、終わった先に何があるか……」
「それも、気になるよね」
毎度毎度、知らない場所に飛び出して行く。
そして僅かな時間を過ごし、その世界を離れる。
気分次第で振り回されながら、
延々と続けられ、されど変わらず制限は存在している旅。
ルールが変わったのか、刻まれた歩数による制限ではなく、
時間が関係する物になっているが、基本的な所は変わらない。
三千歩ではなく、三千分……
換算すれば、二日ほどしか滞在できる時間は無い。
その間に思い出を作り、見聞を広げる。
あっという間に終わる三千歩よりは緩い制限だが、
それでも慌しい事には違いなく、
落ち着いて周りを見渡す余裕も無いまま飛び回り続けた。
本当に僅かな期間しかその場所に留まる事は出来ない。
それでも、彼女と共に巡る世界は広く、美しかった。
無論、現実逃避のような側面も否定は出来ないが……
(こういうのも、悪くは無い……)
そう、何から何まで新鮮で美しかったのだ。
今まで見ていた世界なんて比較になら無い程に。
「どうしましたか?」
「この本が終わったら、物語は終わるのだろう。
そうなると、俺達はどうなるんだろうか」
言ってから、しまったと思った。
だが、彼女はそんな俺を見て……
ただ、笑顔を崩さなかった。
「考えた事もありませんでした」
「何でこんな事、思うんだろうな……」
遠い場所を見つめながら、そんな事を呟く。
彼女は黙って、そんな愚痴を聞いてくれる。
「わたしとあなたの旅はいつか終わると思います。
こんなに忙しい旅が永遠に続くのは、疲れますからね」
「そうだな……」
こんな慌しい旅を続けるのも、そろそろ……
「本当は何処かでのんびりと暮らしてみたいです。
もちろんあなたと一緒に、ですよ?」
「元の世界に戻って元の日常に返るのではないのか?」
「どうなのでしょうか。
でも、離れ離れになる事は無いと思います」
「いや、そこまで断定されるとは思わなかったんだが……」
ここまで言うという事は、彼女には見えているのだろう。
この先に来る、終わりの時……
知っていてこれだけ明るく振舞っているのか?
「どこまでもついていきますよ?」
「ん……待て、意味が良く解らない」
旅を続けて、遠慮が無い間柄になったとはいえ……
こんなに突飛な事を言い出されるとどう反応すれば良いのか。
「何処に住むかは、あなたが決めてくださいね」
「それこそちょっと待てと言いたいんだが」
「それにまだ、肝心な事を聞いていません……」
「俺に何を求めているんだ、全く」
不満げな顔をされても、
思い当たる節があまり無いので困り物なのだが……
「もうすぐ、わたし達の旅は終わるんですよ。
でも、物語は続くって考えは……」
「まさか、後継者でも指名して続けさせるとか、
そういう形にでもなるのか?」
「近いけど……
わたしが望んでるのは、もっと……」
ああ、残念だ。
言いたい事は大体解る。
何を求めているのかもそこまで言われれば納得した。
「覚悟、決めさせてくれ。
何だろうか、いざとなると上手く纏まらない」
「ふふっ……
そんな姿を見るのは、久々ですよ」
「からかうな、全く……」
次の世代に引き渡す為に……か。
「次に飛んだ先が、俺達にとっての……」
「はい、そうなるのではと思っています」
本が輝きだして、僕らは光に包まれていった。
目を開けた時に見えたのは、
最初に……
「ここは……まさか」
「初めて一緒に景色を見た場所……だね」
寸分の狂いも無く、俺達はそこに飛ばされていた。
始まりの地。
共に巡る中でようやく見つけ出した一冊の本が呼んでいる。
そこに答えがあるはずだと。
この物語の始まりに存在した……
本当の意味での始まりの物語が、終わった場所。
今、俺と彼女はそこに立っている。
「ここ、覚えていますか?」
「今でも覚えているさ。
それに、あの時の事が綴られている本もここに……」
「一緒に見つけたもんね」
背負っていた荷物の中から取り出された本。
妖精の描かれた、三千歩の旅人を題材としたお話。
「いつか、このお話が本当にあった事だと、
伝えてあげたいと思っているの」
「それは、名も知れぬ他の誰かか?」
彼女は首を横に振る。
「それとも……」
彼女が首を縦に振った。
今から何をしたいと思っているのか……
「わたしに言わせるつもりなの?」
「それもそうだな。
答えを知っていて、あえて聞き出そうとするのは止めておくか」
最初に振り回されたのは、確か俺の方だった気がする。
今もまた振り回されようとしているのかもしれないが……
けじめをつけるのは、俺からにしよう。
「単刀直入に言わせてくれ。
ここで、俺達の旅は一旦終わりにしよう」
「その言葉を……待っていました」
「だけど、俺達はこれからもずっと一緒に居よう。
この物語を、もっともっと大きく広げていく為に」
元々が二つだった道を寄り合わせて作られた、
一本の道だけで紡がれる物語から……
今度は、新しい道を作ろう。
「まずは、今までそれを一切口にしなかった事を謝らせてくれ。
この世界の誰よりも、君を愛している。
この先の旅路を往く為の、最高の相方として迎えて欲しい」
「わたしも、あなたの事を愛しています。
この先もずっと一緒に、旅をさせてください。
そして、わたし達の物語を伝える子達を……
一緒に、育んでくれますか?」
「ああ、一緒に育んでいこう。
明日を、そして、未来を」
俺達は……
あの日、共に景色を見たその場所で……
互いの身を寄せて、抱き締めあった。
これまでに幾度か同じ事はあったのだが……
少しだけ大人になった彼女の柔らかさが、心地よかった。
ふと、彼女の背中に……
妖精の羽が形作られているのを見つけた。
「誓いの口づけ、してくれますか?」
照れながら言う彼女の口を、そっと塞いであげた。
彼女の背にあった羽が、光を纏って散っていた。
「わたしはこれで……
妖精の任務から解き放たれました」
「”繋がれた道”の物語もこれで、終わり……
いや、違うのか」
「そうです。
この先が無くなったら結ばれた意味がなくなります。
そんな悲しいのは嫌です」
代を変えて繰り返す。
繋がれた道は、永久へと紡がれる。
「この瞬間から始まるということだな」
「そうでないと、困ります」
で、何処を拠点にするんだろうか。
先程から気になって仕方ないのだが……
「この近くに、わたしが妖精になる前に住んでいた家があります。
中がどうなっているかは知りませんが、行ってみませんか?」
「そうしよう」
暫く歩いた先に、それはあった。
一切朽ちることなく佇む、無人の館……
屋敷の、扉の前に二人並んで立つ。
「色々な物が、止まっています。
わたし達がここに入った瞬間から、動き出すのでしょうか」
「入ってみれば解るだろう。
それとも、別の場所で始まりを告げても……」
「ここでないと、いけない気がします」
「それならば、ここに決めよう」
二人一緒に、そっとその扉を開けた。
止まっていた時間が動き出したのだった。
その日から、俺達の新しい物語が始まった。
夫婦となった俺達は、物語を次に託す為の毎日を過ごした。
やがて望み通りに子が産まれ、幸せな日々を送る。
俺達の子供はやがて大きくなって……
流れ流れて、来るべき日が来る。
この家に足を踏み入れてから、何年経ったかは覚えていない。
ただ、その日がやってきた。
「時々でいいから、わたし達の所にも顔を見せてね」
「何処までも行け。
物語が終わるその時まで、歩み続けるんだ」
今日、ここから旅立つ俺達の子供に声を掛けて。
永久の別れになるのを覚悟しながら……
その手に新しい物語の本を抱えた、俺達の子供を見送った。
「ようやく一人、ですね」
「その一人が大変だったが……
その後は結構、あっという間かもしれないな」
「そうですね……」
寂しさもあるが、充実感もあった。
それは恐らく、俺だけが感じていたものではないだろう。
ふと、彼女が俺に告げる。
「もう一度二人きりになる日が来たら、
今度はわたし達が旅に行きませんか?
ほんの少しだけで、いいですから」
「いい考えだな。それまで、一緒に頑張るとしよう」
「はいっ!」
それから更に時間が経って、
もう一度、二人きりになる日はあっという間に訪れて……
あの忙しく飛び回っていた頃を懐かしく思えるような歳になった今、
もう一度物語を始めるのに好都合な時が訪れた。
「あの時言っていた言葉を覚えていますか?」
「ああ、二人きりになった後は再び旅がしたい……と言っていたな」
「はい」
あの頃と変わらぬ笑顔で、俺を見つめる彼女が居る。
期待の眼差しという奴だが、不思議と嫌だとは感じない。
むしろ、俺は今から……
「三千歩の旅で構わない。
今度は思い出の場所を巡る旅をしたいと思っているのだが……」
「はい、何処までも一緒に行きましょう!」
俺達の物語は、終わらない。
始まりの場所に再び戻ってくるその日まで。
終わったはずの物語は、
他の場所から枝分かれして続いてゆく。
そして、世界中が物語に包まれた先で……
静かに静かに終わっていく。
静かに静かに始まっていく。
繰り返して、その先に世界が回る。
忘れぬ限り、旅は続き時は巡る。
始まりは三千歩。
あの丘で出逢い、物語が始まった。
一つの旅の終わりは、次の旅の始まり。
今度は何処へ旅立とうか……
何処までも、続く道の先へ。
何度でも、歩こう。
三千歩の、その先へ進みたいから、
まずは三千歩から始めよう。
先程から待ってくれている彼女の手を引いて……
「行くぞ」
「はいっ!」
次の物語を紡ぐ為に、溢れ出る光の中へと進む。
今日も何処かで、旅が始まる。