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三千歩の旅人  作者: 空橋 駆
本編 三千歩の旅人
4/9

<2話 裏> 恋心と異世界

一番最後にこの世界にやって来た客人。

あの人の事が忘れられない。


唯一、わたしがこの世界に独りきりだと悟ってくれた人。

あの瞬間から、わたしは彼の事が気になって仕方ない。

だけどそれは、決して叶う事のない恋になる。


だって、この世界に居る限り、

二度は逢えないであろう相手なのだから……



「おーい、起きてくれないかな?」


もう少しだけ、夢の中でその姿を見させて……

お願い、お願いだから……


「た、頼むから起きてくれないか……」


ゆさゆさと揺さぶられて、

返事をして、仕方ないから目を開けた。


「ここは?」


目覚めたら、変な場所に居た。


「お目覚めかな?」


この声は……うん、今まで夢に出てきていた彼の声。


「夢の中?」


きっとその通りだと思って、わたしは率直に言ってしまった。

だってまだ、夢からさめていないと思ったから。


「やれやれ……」


その結果、彼に思いっきり呆れられてしまった。


辺りを見回してみると、何処かの部屋。

目の前には男の人、カウントを手伝ってもらった時とは違う服。

あの服、似合ってて格好良かったのにな……


「外は……」

「向こう側だ」


窓の外に見えた空は、わたしが今まで見ていた世界の空とは違う……

色も、姿も、本当に異なった物になっていた。


「まさかここ、異世界?」


念のため、聞いてみる。


「お前からすればそうなるだろう」


即答された。つまり今、わたしは……

あの人の元々居た世界に引き込まれたみたい。


という事は、わたしのことも彼は覚えていてくれるのかなと思いながら……


「わたし、誰か判るの?」


そっと、聞いてみた。

できれば、否定されたくない。

もし否定されてしまったら、わたしはどうすれば良いのか……


「先日変な世界に飛ばされて、

 三千歩歩かされた時に世話になったちび妖精」

「そうだよ、もうっ!」


心配したわたしが馬鹿でしたっ!

今のわたしの姿はちび妖精じゃないのになんでそんな意地悪な事言うのかな。


だけど、覚えていてくれたのは嬉しかった。



その後、彼はわたしが持っている本を貸してほしいと言った。

確かに今のわたしの手には小さな本が握られていたけど……

こんな物、どこで手に入れたのかわからない。


そしてこれは、あの時彼に教えたタイトルと同じ。


(繋ぐ道は繰り返しより紡がれる……)


わたしも良く知っている本の名前。

来客の皆が持っていた本を、今度はわたしが持っていた。

どうしてそんな物を持っているのか……


「わたし、どうなるの……」


つい、そんな言葉が出てしまった。


彼はわたしが持っていた本に少し目を通して、

何か重大な事を知ってしまったのかもしれない。

だって、本を手に持ちながらずっと放心している。


(何か声を掛けてあげたいよ……)


原因はわたしだから、そんな事できない。

無言の世界は、いつ終わるのかな。



ふと、彼の手が、わたしの肩に置かれた。

そして、わたしは見つめられていた……


ほんの少し間を置いて、彼はその重い口を開いた。


「道は色々とある。

 お前はこの世界で、何を見たいかが重要だ」


そんな言葉、望んでいなかった。

こんなに近い距離になって話すのなら、

愛の言葉とか、そっちの方が欲しかった……


「俺はただ、それに付き添うことしかない」

 ほんの少しだけ与えられた、夢の時間」

「うん……」


わたしはただ、何も答えられなかった。

今起きている事が何かについて、

納得する心と受け入れたくない気持ちが押し寄せていた。


「そして、物語の結末になる」


彼はわたしの手を取って、

腕に装着されているカウンタを顔の前に近付けた。


「俺がそちらの世界に行った時と、同じなんだ……」


手にあるカウンタ。そこに表示された0の文字。

それだけでわたしが三千歩の旅人になったのは嫌でもわかる。


だけど、彼の言う通りになっているのならば……


「最後は、わたしが三千歩の旅人になっちゃった」


幸せな結末なんて、望めないよ……

再び出逢えても、最初から離れる結末しかないのだから。


「だから、見たいものを答えてくれ。

 高い塔から下を見下ろしたいなら、それでいい。

 この世界の緑が見たいなら、公園にでも連れて行ってやる。

 異世界の街を見てみたいならば、それでも構わない」


それでも彼は、言葉を続ける。

わたし……本当は、何処にも行きたくない。

戻されて、あの世界で一人になるなんて考えたくない!


「全部、遠い場所?」


だから、わたしは思いつく限りの意地悪な質問をする。

彼は申し訳なさそうに、首を縦に振っていた。


「近場で一番のお勧めの場所を見せて。

 きっと、それしかわたしには見る事ができない」


一緒に居たいから、わたしは更に続けて言ってみた。

これで彼が諦めてくれれば良いのに……


「夜まで、待てるか?」

「うん、今日中なら大丈夫だと思う」


無駄だった。

彼の目を見た瞬間、決意が揺らいだ。


(弱いな……わたし……)


頷いてしまった事を、後悔した。



それから、彼と一緒に日が落ちていくのを見ていた。

夕焼け空の色も、ほんの少し違っていたけど、

わたしの居た世界で見たものとあまり変わらなかった。


建物とか文化とかが違っても、日が昇って沈むのは同じ。

だから抵抗無くこの世界に居られるのかもしれない。


そのまま待っていると夜になったので、

わたしは彼に招かれながら玄関に立つ。


「少しだけ、いいか?」

「ん……?」


外に出ようとしたら、制止された。


「なるべく遠くまで、なるべく長い時間居たいから、

 俺が背負ってやるよ」

「うん、ありがとう」


そんなやり取りを挟んで、外に出て、

本当に背負われたまま移動して……


(男の人の背中って、いいなぁ……

 大きくて、広くて、あったかい)


初めてかもしれない……こんなの。

あの世界で妖精として頑張っている時は感じられなかった感触。


「えへへ……」


きっと、今のわたしは恥ずかしさと嬉しさで頬を真っ赤にしてると思う。

彼には見えないと思うけど……


(こんな時間が、長く続くといいな)


わたしは願う。それが叶わない夢だったとしても……

願わずには、いられなかった。



夜の景色、街の姿。

わたしの居た世界ではあまり見かけなかった街灯がたくさんある。

珍しい物も、数え切れないほどいっぱいある。

ゆっくりと進んでいく、その一つ一つが初めての物。

見た事のない世界……


「綺麗な川だね~

 それに、橋も、街も、道も、全然違う」

「異世界だからな……」


そう、ここはわたしにとっては異世界。

本当ならば、居ないはずの存在。

考えれば考えるほど、寂しさが更に増してくる。


「おいおい、あの時の元気はどうした?」


心配そうに、わたしに声を掛けてくれるけど……

気持ちは、晴れない。

心配してくれるのは嬉しいけど、やっぱり複雑な気分。


わたしはあの世界で、一人で居る寂しさを紛らわせる為に、

無理して元気な妖精を演じて続けていた。

だから、本当は今のわたしの方を見て欲しい。


それなのに、元気な姿のわたしを求められたから、

とってももやもやした気持ちになった。だから……


「ねぇ……

 元気なわたしの方が、好き?」


つい、そんな言葉が口から出ていた。


「なっ……」


えっと……あれ?

わたし、何聞いちゃってるんだろう……

彼、立ち止まっちゃったよ?


しばらく立ち止まった後、彼はゆっくりと話し始める。


「元気な方が、見ていて楽しいが……」


うん、そうだよね……

少しだけ気持ちが落ち込みそうになった。


「落ち着いていた方が、綺麗に見えるな」


あれ?

何かとっても、嬉しい。

思わず、笑顔になってしまうくらいに。


「だから、どちらの面も見れると嬉しい、

 欲張りかもしれないけどな」

「はうぅ……」


心臓が、きゅんって跳ねた気がする。

どうしよう、どうしよう……

それって、好きってことなのかな?

わたしの事、意識してるのかな……

あなたの背中に、わたしのドキドキが伝わってるのかな。

離れたくないのに、ちょっとだけ逃げたい気分。

恋だよね、これ。


「さあ、後少しだ。もう少しだけ我慢してくれるか?」


あたふたしているわたしを抑えるかのように、彼は言う。

その言葉で、再び現実に引き戻された。

こんな幸せな時間も、あと少ししかない。


「頑張って」


でも、ずっとこのままでは居られない。


公園の入り口が見えてくる。

ここに立った時から、わたしの三千歩は終わりに向けて動き出す。


(まだ、着かないで……)


心の準備もほとんど終わらないうちに、

公園の入り口へと辿り着こうとしていた。

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