<1話 裏> 最後の来訪者
裏:妖精視点
幾人もの旅人を受け入れて。
幾人もの旅人を見送って。
色々な姿の人を受け入れて、
色々な世界の人を見送って。
そしてわたしはずっとこの世界で、
案内を続けていて。
三千歩の旅人の皆さんの姿を見て、
叶わない夢のような言葉を最後に残している。
(どうか、この世界を忘れないで……)
忘れられたら、終わってしまうから。
小さくて脆いこの世界が消えてしまわないように、
外の世界からいっぱい力をおすそ分けしてもらう。
ただ歩いてもらうだけで良い。
足を動かしてカウントが3000にまで達すれば終わり。
だけどわたしは知っているから。
この世界の危機を救いたいから、景色を見てもらう。
平和で、静かな風景を。
二百人くらいの人に来てもらう。
その中の一人でも覚えていてくれれば、
きっとこの世界は消えることなんてない……
わたしは、本当の事なんて知らないから信じる事しかできない。
そして今日も、わたしは出迎える。
小さな妖精として、この小さな世界に力を与えるために。
「ようこそ、小さな世界へ。
突然ですがこれからあなたにはこの世界で三千歩を歩いて……」
聞いていない。
手元に持っている本を見ていて、わたしの話を聞いていない。
「誰だ……というか何時からそこに居た?」
「呼んでたのに気付いて居なかったのは誰よ!」
まさか最初の挨拶を無視してしまう人が居るなんて。
しかもこちらの話を聞いていないみたい。
「妖精?」
「うん、妖精だよ」
「小さい妖精……
生意気そうだな、こりゃ」
「見た目だけで判断しないでよ!」
確かに今のわたしは小さいけど、小さいけどっ……
ううっ、仮の姿だから仕方ないのよ。
「そうだな、見た目のままちび妖精とでも呼んでやるか」
「ちび妖精……
ううっ、なんかとってもひどい事を言われた気がする」
「現実逃避は良くないぞ」
笑顔で答えられても……
思いっきり馬鹿にされているとしか思えない!
「それよりもどうして俺はここに居る?」
「わたしの話は無視ですか」
「確か、何か妙なタイトルの本を開いたのまでは覚えているが……」
そう言うと、今回の客人は立ち止まって考え始めた。
答え、知ってるんだけど……
言っちゃっていいのかな、言わない方がいいのかな。
決めた、言っちゃおう。
「繋ぐ道は繰り返しより紡がれる、ですよ」
「何だちび妖精。
いきなり話しかけてくるな」
鋭い目つきでわたしの事を睨んでいた。
そして、その後も暫くの間不機嫌な様子でいた。
「その場で足踏みしてもいいけど、
どのみち二度とここには来れないから楽しんでよ」
「楽しむつもりも無ければ、別に何度も来るつもりなんて無い!」
「……残念」
忘れ去られたら消えてしまうなんて事を言っても、
きっと誰も本気になんてしてくれないから。
だからわたしは、笑顔で勧める。
「ほらほら、三千歩歩いてください。
それだけで帰ることができるから」
「歩かないと帰れないのか」
「帰れないよ」
「仕方ない……」
彼は歩き始める。
腕に付いたカウンタが動き出した。
それを見て、彼はようやく信じたらしい。
ただ、彼の服装は少し動き辛そうに見える。
1000歩歩いた時に声を掛けてみたけど、
明らかに疲れが見えていた。
その時少し意地悪な事を言ってみたら、
思いっきり怒られてしまった。
ここに連れてこられて腹を立てているのかな。
それとも、わたしが気に入らないのかな?
もし、後者なら寂しいかも。
この世界がなくなるのと同じくらい……
そんなこんなで、丘の上へ。
カウントは残り500を切って、とても順調。
彼の体力は、少々心配。
「頂点は、まだか?」
「ここ……ここだよ、丘の上」
到着した、この付近で一番いい景色の場所。
草原、細く続く道、遠くに見える木々。
遠くまで澄み切った青い空。
そしてここは、わたしが好きだった場所で、
見たいと思っていたのに辿り着けなかった……
誰かと一緒に見たいと思っていたのに、
ずっと一人ぼっちで風景を眺めていた場所。
「景色、見える?」
わたしはその風景を見せたくて……
「こっちこっち」
見当違いの方向を向いている彼に、声を掛ける。
彼がわたしの居る方に顔を向けてくれた。
「いい景色でしょ」
見とれている彼に、わたしはそう言ってみた。
「ああ……」
出迎えた後のイライラした感じなんて忘れたかのように、
彼はこの風景を見て、感動していた。
「よかった」
それを見て、わたしも嬉しくなった。
だけど……
「この世界は……」
「聞かないで」
彼がその次に何を言うのか、表情で判ってしまった。
だから、わたしは反射的に答えていた。
きっとそれだけで、全部伝わっていると思うから……
(三千歩で終わってしまうのは……)
無言で、彼は歩き始めた。
わたしと彼が、一緒に歩いていられるのもあと少し。
彼が立ち止まって、カウンタを見る。
「残り、7歩だ」
「思い切って進んじゃって」
「ああ……」
1、2、3、4、5、6……
彼とわたしは、一緒になって数えながら……
「3000」
最後の一歩を、踏んだ。
これで、この客人とはお別れ。
「ありがとう、手伝ってくれて」
わたしはお辞儀をした、いつもみたいに。
客人の唇が動く。
声はもう、聞こえない。
「忘れないでね」
それが、客人とのお別れの言葉。
終わりを告げるための、魔法。
そしてわたしは、また独りになった。
草原、細く続く道、遠くに見える木々。
遠くまで澄み切った青い空。
決して変わらない場所で、決して変わらない世界。
「いつもよりも……寂しいな」
わたしが一番好きだった場所から帰ってしまったから。
ただ一人、答えを見つけてしまった人だったから。
「二度と、会えないんだよ……」
そう思うと、不思議と目から涙が零れ落ちる。
今までこんな事無かったのに。
それでも、ここから離れてしまえば……
「あれ?」
少し落ち着いて、気がついた。
本当ならこのまま、次の始まりの場所へと飛ばされるのに、飛ばない。
「どうして?」
わたしはその場で飛び回りながら、手掛かりを探そうとした。
だけど、この姿では探し物には向かない。
先ほどの彼にも言われた通り、わたしは小さな妖精。
少し動いて、実感して、溜息をついて、下を向いた。
「灯台下暗し……だっけ」
足元に本が一冊落ちていた事に気付いた。
タイトルは確か、彼に教えた時と同じ。
(繋ぐ道は……)
あれ?
(繰り返しより)
あれあれ?
(紡がれる?)
これ、ひょっとして……
表紙の絵の妖精も見比べたくなるほどに、わたし。
今までやってきた事がそのまま、タイトル。
(もしかして、わたしが思った予感は……)
恐る恐る、整理をしてみる。
何処かへと繋がる道は、
三千歩歩くという力を繰り返す事で作り出される……
なら、わたしは何処に繋がっていくのだろう。
本を持つと、わたしはその本の中へと吸い込まれていく。
このまま消えてしまうのかなって、思っていた。
誰かがわたしを起こしてくれるその時まで……