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三千歩の旅人  作者: 空橋 駆
本編 三千歩の旅人
1/9

<1話 表> 異世界を歩く

表:青年視点

歩く、ただ、歩く。

進む、ただ、進む。


手元に持っている本、一つ。

腕についているカウンタが示す数、100程度。


偶然に偶然が重なり、道端に落ちていた奇妙な本を拾った。

そしてそれが誰の物か確認するために開けてみた。

いつの間にか意識を失ってしまい、目が覚めるとこの世界にやってきていた。


本のタイトルは、確か……


「繋ぐ道は繰り返しより紡がれる、ですよ」

「何だちび妖精。

 いきなり話しかけてくるな」


耳元にまで近付いてきた妖精が教えてくれた。

だが、耳元で話さなくても十分に聞こえる。


「う~ん、今回の人はイライラしすぎです~」


ちび妖精と呼ばれたそれは、俺の周りを飛び回りながら文句を垂れていた。

別に俺は苛立ってなどいないのだが、そう見えるのだろう。

ああ、本当に俺は苛立ってなんか……


色々と不可解な事が多すぎて理解出来ないので、

苛立つ前の問題なのだから。


「そもそもこの世界が一体何なのか……」

「知らなくてもいいじゃないですか。

 三千歩、前に進んでくれればそれだけでいいのに」

「理由も聞かずに指示だけ投げられて、

 はいそうですかなんて言えると思うか?」

「別にいいですよ~だ」


俺が怒鳴ってもちび妖精は動じていないみたいだ。

微妙に、悔しい。


「三千歩歩いてくれるまでは帰れないから」

「ぐっ……」

「その場で足踏みしてもいいけど、

 どのみち二度とここには来れないから楽しんでよ」

「楽しむつもりも無ければ、別に何度も来るつもりなんて無い!」

「……残念」


何故か物凄く落ち込んでいたちび妖精。

ここに来てもらえない事が嫌なのだろうか。


「ほらほら、三千歩歩いてください。

 それだけで帰ることができるから」

「歩かないと帰れないのか」

「帰れないよ」


断言させると何も言い返せそうに無い。諦めよう。


「仕方ない……」


腕に付いたカウンタが動くのを見て、

現実を信じないわけにはいかなくなった。

決して、ちび妖精の言う事を信じたわけじゃない。


歩き始めて、少し時間が経った。

あまり進んでいない気がした。


「あと2000くらいだから頑張ってくださいな~」

「ぐっ……そうは言っても……」


そもそも、運動不足の体には厳しい。

その上、動きにくいスーツと革靴の格好が加わっている。


「う~ん、色々な人がこの世界に来たけど、その中でも特に歩みが遅いよ~」

「ふざけるなっ!」


状況を見て物を言え。

飛び回っているだけの妖精になど解りはしないだろう。

この動きにくさも、この歩きにくさも。


「あはは~ 本気にした本気にした~」


しかし、俺の怒り心頭な顔に驚いていたらしく、

弱弱しい声でちび妖精は謝ってくる。


「ご……ごめんね」

「別に良い」


これには、俺も少しだけ言い過ぎたと反省した。



とはいえ、歩みが遅いと言われるのも仕方ない。

現在、丘の頂点の方に向かって歩みを進めている形になる。


軽い山登りをするのは、明らかに不釣合いな格好。

だが、歩く。歩いて、歩いて、歩き続ける。

戻る事はせずに、前に進む事を考えて。

どれだけ理不尽でも、やらねばならない時はある。


「本当に意味がわからん。

 何でこんな事やってるんだよ……」

「こっちはこっちで、事情があるからね~」


頭の中で呟いたはずの言葉が、どうやら口に出ていたらしい。

言ってしまった以上は聞くしかない。


「その事情に巻き込まれているのは、俺以外にも沢山居るのか」

「もちろん、ここまでたくさんの人に協力してもらったんだよ~」


まるで、バケツリレーのようなものだ。

それだけ手間が掛かっているというのならば……


「尚更、俺の所で止めるわけには行かないわけか」

「そうだよ~」


ご機嫌で俺の周りを飛び回るちび妖精。

自由奔放に飛び回っている姿は、なかなか面白いのだが……

集中をしたいと思うときは間違いなく邪魔になる。


だが、俺が無言の間は何も話しかけてこない。

言っていたのは、カウントに関係する事だけ。


「カウントもあと500を切ったかな」

「あと少しか……」


歩きながら、少し息が上がりつつあるのを感じながら、答える。

そろそろ上り坂も終わりそうな雰囲気なのだが……


「頂点は、まだか?」

「ここ……ここだよ、丘の上」


疲れた、少しだけ立ち止まってもいいだろう。

完全に降りようとしなくても途中でカウントは3000になる……


「景色、見える?」


向こうって、どっちだ?

風景としてはどの方向を見ても悪くないが……


「こっちこっち」


仕方ないので、ちび妖精が飛んでいる方向に顔を向けてみた。


「いい景色でしょ」


草原、細く続く道、遠くに見える木々。

遠くまで澄み切った青い空。


「ああ……」


景色の良さは素直に認めよう。

きっと、現実の世界では見る事など叶わない光景だから。


「よかった」


ちび妖精が、とびきりの笑顔でそんな事を言っていた。

今こうして見えている景色よりも、

何故かその顔の方が、印象深かった。


(人の笑顔……か。

 久しぶりに、見たかもしれないな)


それを忘れていたのは、俺の方か。


だが、この景色もとびきりの笑顔にも……

儚さを感じてしまうのは何故だ。


「この世界は……」

「聞かないで」

「あ、ああ……」


ちび妖精は俺の質問を拒絶した。

俺が思っていた事は、間違いではないのだろう。


(三千歩で終わってしまうのは……)


考えても、仕方ない。

歩こう、俺にはそれ以外残されていない。



そこから、またほんの少しだけ歩く。

ふと、立ち止まってカウンタを見る。

2993と表示されていた。


「残り、7歩だ」

「思い切って進んじゃって」

「ああ……」


1、2、3、4、5、6……


「3000」

「ありがとう、手伝ってくれて」


ちび妖精は、俺に向けてお辞儀をしてくれた。


(大した事はしていない)


そう言おうと思ったが、声が出なかった。


そして……


「忘れないでね」


泣きそうな顔で、ちび妖精は言った。


俺がその言葉を聞くと同時に、意識が飛んだ。


再び目が覚めると、本を読んでいた場所に戻っていた。

先程まで腕にあったはずのカウンタは既に無くなっており、

手に持っていたはずのあの本もどこかに消えた。


疲れていたはずの体も、元通りになっている。

本当に何も無かったかと思う程に、何も残っていなかった。


ふと、時計を見る。

本を読む前に時計を確認していたのだが、

そこから大体15分くらい、時間が進んでいる事に気付いた。


何だったのだろうか、あれは……

ただ、何かとても安らげる場所に居たのではないか。

普段とは違う何かが、そこにあったのではないか……


それ以上は思い出せないから、

俺はまた、日常へと戻っていく事にした……


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