1話
『俺はどこにでも・・・・・・いるわけではないアラサーの敏腕サラリーマンだ。勿論付き合っている彼女も一流。美人だし、気が利くし、夜の相性もいいし、何より顔がいい。将来は子供を2人授かって、東大にでも行かせるつもりだ。ああ!勝ち組の人生真っ只中だ!』
・・・・・・と何やら自慢げに脳内モノローグを繰り広げている男がいた。確かに言っていることは確かなのだ、この男は失敗を知らない。今だけは。
ある時、男は会社からの帰り道を一人で歩いていた。なんとなく気分を変えたいと思い、いつもより遠回りで帰っていた。そこが運命の分かれ道だった。
神社があった。男は神頼みなどしない。だから普段はそんな場所、寄るはずがなかったが、今日は違った。なんとなく、興味がわいたのだ。
聖域に入る。小さな神社だったので、すぐそこにお社があった。男は神社での礼儀作法をあまり知らなかった。二礼二拍手一礼が分からないので、二拍手だけした。
すると、後ろから声がした。
「おい、そなた。神社での参拝の仕方を知らぬのか。」
男は訝しんだ。先ほどまで人気など全くしなかったというのに。いつの間に人が来ていたのだろう。いや、その前に、人の参拝の仕方に口を出すなんて、なかなか失礼な奴だ。
後ろを振り返ってみる。
驚いた。男がいた。それも顔が整っている。だがそんな事よりも驚いたことに、狐の耳が生えているではないか。ここは神社だ。そういった厳かとされている場でコスプレなど、なんと常識のないやつだろう。
だが、同時に男は気になった。もう一度言うが、この狐耳野郎、顔がいいのだ。
「聞こえているのか?全く、近頃の人間共は礼儀を知らんな」
ずいぶんと上から目線な物言いだ。しかも、自分が狐の耳をつけてコスプレしているというのに、こちらがまるで礼儀知らずのようではないか。本当に変な男だ。
少し興味が湧いたので、狐男と話してみることにした。
「なあ、あんた。ここで何をしている?神社はコスプレ会場じゃないぞ。」
「こすぷれ?なんだそれは。」
驚いた。コスプレの意図で狐耳をつけているわけではないのか。だとしたら一体何の目的でつけているのか。
「コスプレじゃないのか?じゃあその耳はなんだ?」
「耳か?私は狐だから、耳は生えて当たり前ではないのか?」
……訳が分からなくなってきた。この狐男。頭がおかしいのではないか。
「ところで、そなた、うちの社に参拝するのなら、きちんとした作法をもって、礼拝せよ。信仰が集まらぬのじゃ。」
ここで納得した。確かここは稲荷神社だった。恐らくこの男も神社の関係者なのだろう。「そういう」コンセプトに従う決まりなのかもしれない。だがしかし、神職に就いている奴ってのは口うるさくてしょうがない。ここは1つ指示に従うふりをしておこう。
「二礼二拍手一礼じゃ。分かったか?」
狐男の手ほどきを受け、鐘を鳴らす。
2回、普段下げることのない頭を地面に深く下ろす。
正確には手を頭に置かれ、軽く押された。この俺の頭をつかむとはいい度胸じゃないか。
まあいい、参拝を続ける。
次は拍手。存在するかどうかも分からない神とやらに向けて破裂音を聞かせてやる。
そして、願い事を考える。
宝くじでも当たりますように。
そしてまた礼。また頭を下に押される。
一体俺は何をしているのだろう。見知らぬ変な男に参拝の仕方を教えられて、普段しない神頼みをして。
「その願い、叶えてやろうぞ」
狐男が何か言っているが、放っておいて男はそそくさと神社を出て自宅へと帰った。
次の日。男は彼女とのデートからの帰りだった。
男はあの神社のことが気になっていた。というより狐男が気になっていた。
デート中も彼女がいかにもインスタ映えしそうなパンケーキを食べ、自分に話しかけるのを流しつつ、狐男の顔の方が彼女より整っているな、などと考える始末だ。
「ねえ、ちゃんと聞いてる?」
「ああ、もちろんだよ。可愛い君の話を聞き逃す訳がないよ」
そんな訳無いだろう。彼女より顔のいい人間が現れたんだ。そちらの方を考えるに決まってる。そういう男なのだ。
デートの帰り、彼女と別れた後。なんとなく宝くじを1本だけ買ってみた。昨日、神社で宝くじの当選を願ったので、なんとなく宝くじが気になっていたのだ。
とはいえ、男は普段宝くじなどしない。あまりにも非効率的なものだと知っていたからだ。なので今回も結果に期待はしていない。
・・・・・・少しだが当たっていた。100円が3000円になった。男は少し驚いた。もしや神社でお参りをしたからなのか。そのような疑念を胸に、男は神社に向かう。
狐耳の男がいた。
「やあ、昨日ぶりだな。相変わらずそのコンセプトを保っているのか。今は神職も大変なんだろう。可哀想だから今日も賽銭を入れてやろう。」
別に男は哀れみから賽銭を入れる訳ではなかった。狐男がいい意味で気になっていたのと、やはり宝くじの事もあったからなのだろう。
今度は狐男にとやかく言われないよう、気をつけて参拝する。それに、神社のおかげで願いが叶ったのかもしれないのだ。真剣に礼拝しようという気が湧いていた。二礼。二拍手。願いを頭に浮かべる。
会議で俺の案が通りますように。
一礼。
今回は何もされなかったことに、男は胸を撫で下ろす。そしてせっかく神社に来たのだからと、狐男に話しかけてみた。
「そういえば昨日、ここで願ったことが少し叶ったんだ。宝くじで100円が3000円に化けたよ。」
「当たり前じゃ。私が叶えたのだからな。」
神社に決められているのであろうコンセプトに従っているせいで狐男がコンカフェの低俗なキャストに思えてしまう。せっかくの顔台無しだ。
「じゃが…そうか。たったそれだけだったか。もっと信仰があればさらなる効果が出たはずなのじゃが。」
神の力の衰えを憂いているのか。整った眉が下がり気味になる。神職関係の奴はよほど信仰を重要視しているのだろう。前回も信仰がどうのとか言っていた。もしその信仰とやらが強ければ願いがよりよい形で叶うのなら、今回はもう少しよい形で叶うのだろうか。男は少し期待した。
1週間後。会議にて。社内の新プロジェクトをどう進めるか、壮年の上司共が頭を抱える中、男は余裕だった。自分ほど優れた者の案が蹴られる訳がない。そう思っていた。
蹴られた。
ありえない。俺の案が通らず、ほかの腑抜けた顔をした情けない爺の案が通るなんてありえない。
普段ならこんなことでは落胆しない男だったが、神社のご利益の期待もあったので、今回の事は心にくるものがあったらしい。もう二度と神社なんかに金を使わないでおこう。そう誓った。
しばらくは神社に寄らず、彼女にプロジェクトの愚痴を言い、慰めてもらう生活だった。精神的な意味でも、性的な意味でも。
彼女を自宅に招待し、酒盛りをする。愚痴を聞いてもらう。
「まあ、そんな事もあるわよ。神頼みなんて当てにならないわ。そんなつまらない存在じゃなくて、私を見て?」
もしも、期待というものが具現化されていたのなら、それは彼女の瞳から溢れんばかりに溜められているのだろう。
可哀想に、この彼女も顔の良さで男から交際を求められ、おそらくそのうち飽きられる、その事を知らない。健気な彼女は男を本気で愛していたのだ。
そんな彼女の方に視線を送り、唇の縁取りを確かめるように指でなぞる。彼女は男の手を取り、艶っぽく口づけをする。
この時、一瞬狐男の顔が浮かんだ。やはりあいつも顔がいいので、男は比較してしまうのだ。だがしかし、あくまで神職なぞしているいんちき野郎。今の彼女の方が断然いいのだ。そう自分を納得させながら彼女と2人、夜の闇に溶けていった。
それから1ヶ月後。神社の事もすっかり忘れ、会議の事を引きずりながら過ごしていたある日、事態は起こった。新プロジェクトが進行する中、例の爺の案は失敗し、社内は大混乱。代替案として男が提案したものが可決され、その場は収まったのであった。
男は大変称えられた。新プロジェクトの危機を救ったエリートとして。彼の削れていた自己肯定感が元通りになる、と同時に神社の事を思い出した。まるっきり効果がない、やはりご利益など信じるものではないと思っていたのに。男は動揺した。
会社帰りに久々に神社に寄った。狐男がいた。事情を話す。
「ああ、その件に関してはすまなかったのう。まだ信仰が足りなかったのでな。願いを思った様に叶えてやれなかったのじゃ。」
狐男が神であるという変な設定は置いておいて、どうやら男の願掛けは叶ったらしかった。狐男を見る目が変わる。男のなかで狐男は参拝客に賽銭をたかろうとするインチキ野郎から、顔のいい少し変わった男に格上げされた。
「なあ、あんた。ここの神とやらは俺の願いをなんでも叶えてくれるのか?」
「そんなことはない。まず人が集まらない今の状態では信仰が無うて、大きな事をする力は無いのじゃ。だが、小さい事なら何とかなるぞ。」
男は少し考えた後、口を開いた。
「じゃあ今から俺が願うこと位、叶えられるだろう。」
「何じゃ?願ってみせよ。」
男は堂々と、いつも女を口説く時と同様な態度で
「あんたのことが知りたい。」
と、ナンパして見せた。
「その様なことか。ならば信仰なぞなくとも判る。ほれ、そこの石板に私の来歴があるであろう。そこを読んでみろ。」
だがしかし、狐男はその事を分かっていないらしく、まだ神様設定を律儀に守っている。
「あー、そういう事じゃなくて。あんたと話がしたいってことだよ。わかんない?」
狐男はやっと男の意図を汲み取った様で、
「なるほど。それなら信仰が無くとも叶えられよう。」
と、微笑を浮かべながら言った。男は内心ガッツポーズをしていた。すこし宗教に傾倒しているが、この顔のいい人間とこれから深く関わることができる。改めて言うが、男はこういう奴なのだ。
「あんた、彼女はいるの?」
いきなり聞いてみる。
「彼女・・・・・・というと、恋人を現代風に言い換えた物じゃな?私には存在しないのう」
男は内心喜んだ。これで先方の彼女とトラブルになることは避けられる。もっとも自分の彼女にはこの事を隠し通せると思っているのだが、自分と違って狐男は二股に慣れているのか分からないからだ。こいつの失敗で俺のお遊びがバレたら困る、この男はそう思っているらしい。
「じゃあ、少しくらい俺と遊んだって良いよな?どうせ神社の・・・・・・巫女?神主?まあ知らないけど、神職なんて暇だろう?」
狐男の職務を見下したような発言。男は神職をただ社で時間を潰し、賽銭を待つ仕事だと思っているのだ。
「いや、私は巫女でも神主でもなく、神である。それ故に我が神体からは離れられぬ。」
狐男はまだ神様設定を守りつつ、自分が忙しい旨を伝えている、少なくとも男の目にはそのように映った。だがまあよい、この神社に来ればほぼ確実にこの男と会えるだろう。しかし、1つだけ懸念点があるとするならば、狐男が職務に追われて男と会話が出来ないことがあるかどうか、である。
「じゃあずっと神社にいるってことだよね。そんな忙しそうでもないし、たまに喋りに来てもいいよね?」
男は手慣れているので、その点も即座に潰そうと試みる。
「ああ、そもそも私の姿は普通は見えないはずじゃからな。願いも神体に届く物じゃし、私がお主と話していても何ら心配はないはずじゃ。」
狐男が頑なにコンセプトを守るのに呆れつつ、男は完全に狐男をロックオンした。もう逃さないと言わんばかりに、男の狩猟本能が胸の奥で燻っていた。




