7.
剣術大会の試合は次々と続いていく。
キリアもディエラも強く、どんどん勝ち上がっていった。
正直私は不安だった、この大会の結果によって話の流れが大きく変わる可能性があるのだ。
準々決勝まで進んだディエラは非常に大柄な先輩と戦うことになった。
彼は筋肉がないわけではないが、どちらかといえば細身の方だ。力で押されると難しい試合になるだろうと思ったが――
積極的に攻撃を行っていた。
今まで教室で会っても
「出たいわけがないだろう。」
と文句ばかり言っていたというのにここまで来てしまった。
(お願い、怪我だけはしないで。)
彼が頑張っていることは伝わってくるので、ただそう願うことしかできない。
青い閃光を帯びた剣は身体に向かって当てられ、強い音を鳴らす。
競り負けてはいなかったがやはり先輩の実力の方が優っているように見える。
試合を終わらせようと試みているのか向こうが力任せに剣を振り下ろした。
彼はそれを確実に受け止めたが跳ね返すことが難しいのかそのまま剣は折れてしまった。しかし動きは止まらない。
(お願い!もう止まって!)
彼は先輩の下に滑り込んで間一髪でその攻撃から逃れた。
剣士としては褒められる行動ではないので会場からブーイングが起きるが、私は心の心の底からホッとしていた。
(本人には申し訳ないけど本当に良かった。)
彼は丁寧にお辞儀をすると裏の方へ帰っていった。
私は彼に一言何か言いたかったが、今は何を言っていいか分からない、思いつくことができなかった。
そんなことを考えているとキリアは準決勝も勝ってしまい、決勝まで進んでしまうこととなった。
決勝まで待機時間があり席で休んでいると
「隣に座っても?」
と問われ答えようとすると――
「ディエラさん?」
「あぁ、私だが。」
彼はもう戻ってきたようだ。既に制服に着替えているが……
「何で君はすぐ人のことをジロジロと見ようとするんだ。」
と指摘されて目を逸らした。
(だって汗かいててちょっと髪が濡れてて色気がすご過ぎるんだもん!)
内心ハラハラしていたが
「お疲れ様、すごかったわね。」
と言うと
「あぁ、ありがとう。」
そう返される。
(というかディエラが私を見つけて隣に座ってくるってヤバくない!?)
結局ドギドキは止まらないままであった。
そんなソワソワした様子の私を見て
「キリア嬢は大丈夫だろう。」
となだめた。どうやら私は彼女のことを心配していると思ったようだ。
「私もそう思うわ。彼女のことを信じてるもの。」
そうハッキリと返すと
「恵まれた飼い犬だな。」
と少し皮肉めいて笑っていた。
そして突然改まって
「ちゃんと帰って来ただろう?」
そう言うのだ。一体何のことだろうと思ったが
「怪我せず、帰って来ただろう。」
と腕に着けられたミサンガを見せてくるのだ。
「騎士としてはあるまじき行動だったかもしれないが、私もあそこで大怪我をして帰ってくる可能性を考えたら無意味に思えたんだ。」
そう淡々と言い
「なぜ意地を張ろうとしていたんだろうな。少しでも良い記録を残せたらと欲をかいてしまったようだ。」
それは彼の本音のようだった。
その言葉に何か返したかったのだが、決勝戦が始まる合図が鳴る。
全てが人々の歓声に塗り替えられてしまう。心臓が急に騒がしくなってきた。
サンドル殿下とキリアが同時に入場すると更に会場は盛り上がる。
しかしキリアがあまりにも華奢な少女であるので少しつまらなさそうに文句を言っている人の声も聞こえる。
「どうせすぐ試合終わるんだろ。」
「決勝戦がこれってどうなんだよ。」
私はそれらの言葉を聞いて笑っていた。きっとそれは本当の悪役のような笑顔に違いない。
(キリアは……絶対に負けないわ。)
試合開始の合図がもう一度鳴らされる。
先ほど騒がしかったはずの会場には一気に静けさが訪れた。
しかし――彼は動かないのだ。
(もしかして女性に配慮するってこと?)
すごく嫌な予感がした。
結局先行攻撃したのはキリアの方だった。
彼女は剣能を使わずに何度もしなやかな技を繰り出した。彼はそれを難なく受け流すだけだった。
(やっぱり一筋縄では行かないみたい。)
さすがのキリアも力だけで押し切ることはできないのか苦労しているようだ。疲れが見え始めたところで殿下の攻撃が始まった。
「何あれ!?」
「さすが卑怯だな。」
そう言ってディエラは表情を歪めた。
キリアは以前の試合中に右足を痛めたようであったが、彼は左足に向かって攻撃を続けているのだ。
確かに気を遣っているようにも見えるし、実際戦法として間違っているわけではないのだが……
(確実に右足に負担を与える気なんだ。)
しかし彼女も彼女でそれを決してそのままにしたりはしない。
痛いはずの右足を踏み込んで身体を前進させると勢いよく突っ込んでいく。
サンドル殿下は大したことないとそれを受け止めようとするがそんなことはない。
「やった!」
彼を壁に押し付けると隙が生まれる。
そこに攻撃を入れれば――
「いや、今のはわざとだ。」
ディエラが指摘した通りに彼が剣を目にも留まらない速度で突き刺している。
適当のように思えるがそんなことはない。的確にキリアの急所を狙っている。
「近距離は向いていないみたいね。」
「そうだ、キリア嬢の剣はもっと飛び道具のようなもののはずだ。」
彼女は距離を置いた。
熾烈な争いの熱が収まってしまったと思った観客が野次を飛ばす。
一体学生の試合に何を求めているのだろうか、しかも二人は新入生だと言うのに。
(キリア、どうか無理だけはしないで。)
そう願うものの彼女はきっと諦めないだろう。
サンドルよりも、いやこの世界の誰よりも一番騎士精神を持っているのだから。
珍しく彼が突っ込んでくると彼女は再び足を地面に強く踏み込んだ。
砂埃が舞う中、彼女の身体も華麗に宙を浮く。
しかし彼は天に向かって剣を押し上げた。もうダメかもしれない、そう思ったが――
彼の剣は彼女まで届かなかった。
上から下まで剣を振りかざすとあの時、そう、初めて剣術の授業で見たような青い薔薇が会場中に咲き乱れる。
その青い薔薇独特の香りに魅了されるように人々は不思議な喜びに満ちていた。
そして俊敏な動きによってそれらはばら撒かれる。
強い風が吹いて花弁が舞い上がる。目の前が見えなくなるほどの衝撃に包まれてしまう。
彼女の持つ力の異次元さよ。
それらが全て消えた後、そこに残されていたのはマスクが外された状態のサンドルであった。
キリアは大会で優勝することを果たしたのだ。
(ごめん、本当に勝てるって信じてたんだけどこれが運命通りなんだ。)
そう、原作でもキリアがこの大会に優勝することによって全てが始まるのだ。
「良かった……」
と言いながら体勢を崩すと
「眉間に皺が寄ってる。」
そうディエラに指摘される。握っていたハンカチは湿っている。よほど緊張していたようだ。
その後しばらく経ってから式典が行われた。
トロフィーを受け取った彼女はそれを軽々と抱えながら幸せそうに笑っている。
彼女は力によって恐れられていると思うが、その力がどんなに素敵なものかもっともっと分かると良いなと願ってしまう。
「ありがとうございました。」
そうやって大声で挨拶した彼女はハンカチを振っていた。私のあげたハンカチだ。
「あれって……」
それを見たディエラが反応していた。私は特に何も返さなかったが
「本当によく世話をするもんだな。」
と笑っていた。それはどこか皮肉めいていただけでなく、少し嬉しそうな響きに聞こえたのは気のせいだろうか?
全ての催しが終わった後にキリアのもとへ向かうと
「今メルユール様に抱きつきたいのに自分でも自分が臭くて泣きそうですっ。」
そう言いながら自分で自分を抱きしめていた。
「よく躾されているな。」
と笑うと
「ディエラ様はお祝いする気がないなら帰ってもらって結構ですよ。」
そう冷たい目線を送る。
喧嘩するのは良いが今はお互いに疲れているのだろうからいい加減にして欲しい。
空気を変えるように
「本当にお疲れ様。」
と言うと
「ありがとうございます。どうしても欲しかった優勝を自分にあげられて嬉しいです。」
そう笑っている。そんな自分に正直な彼女が眩しかった。
「良かったです。ディエラ様と戦うことにならなくて。お疲れ様でした。」
とキリアは口を尖らせながら言っていたが
「あぁ、醜態を晒すところだったからこっちも助かったよ。」
そうなんでもない顔で言い
「お疲れ様。」
と笑っていた。何だ何だと思って聞き耳を立てていると二人は不思議そうな顔をしていた。
「ちょっと待ってください!すぐ着替えるので一緒に帰りましょう!」
そう言って彼女は走って行こうとしたがある人物がそこに現れたのだ。
「お前に贈り物をあげられなくて残念だったよ。やっぱりハンカチがなかったからかな。」
とサンドル殿下が不気味な笑みを浮かべていた。
私はその時再び溶けない氷のように固まって何もできなくなってしまったのだ。




