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6.

 本日は剣術大会だ。

この大会は学園の創立当初から続いている歴史的な行事であり、優勝するということはとても大きな意味を持つ。

そして原作でもそれは大きな意味を持つものであったのだ。


私は一足先に会場へと向かった。

「キリアさん。」

そう着替えを済ませて身体を動かしている彼女に話しかけた。


「メルユール様!こんな朝早くにどうされたんですか?」


「どうもこうも、あなたの応援に来たのよ。」

早く来ないと席が全部埋まって入れなくなってしまうこともあるのだ。


「本当にありがとうございます!」

と彼女はゆらゆらと揺れながら喜んでいた。


(あんなに強いなんて未だに信じられない。)


「それで、これを渡しに来たの。」

そう彼女に渡したのはクローバーの刺繍が入ったハンカチだ。


「……もしかして。」

と彼女はそれを眺めている。

「これを私にくださるんですか!?」


「そうに決まってるでしょ。」

人が大勢いる場所で渡したくなかった。それも早く来た理由の一つだった。


「わ〜嬉しいです。素敵……」


「ハンカチは既製品よ。」

騎士にハンカチを贈る風習は小説あるあるだが、それが実際にあると思うと贈ってみたくて仕方なかった。

いざ何を刺繍すればいいかさっぱり分からなかったが、なんとなく彼女はクローバーだと思った。幸運。


(でもメルユールは刺繍が苦手って設定だったんだよね。ごめん、設定崩壊させちゃって……)


「使うのが勿体ないです。」

彼女はそう言ってしまい込もうとするので

「普通に使ってよね!」

と主張する。未だに彼女がここまで私に懐いている理由がさっぱり分からない。


「あ、そういえばディエラさんは見かけた?」

そう彼女に尋ねてみる。


本当は参加したくなかったようだが、剣術大会は学校の先生方の推薦によって参加が決まってしまう。

そのため彼も出場することになってしまったのだ。


(みんな怪我しないと良いけど……)

と考えていると


「あ、先ほどあっちの方に向かってましたよ。」

そう彼女が言った。

「ありがとう!」

と指差した方向に向かおうとすると手を引かれる。


「もしかしてディエラ様にもハンカチを渡す予定なんですか?」

キリアは目を半開きにして問い詰めてきたが

「いえ、ハンカチはあなただけよ。」

と誤魔化してそちらへ向かおうとした。どうやらディエラに渡すのはお気に召さないようだ。


彼女は別れ際に

「ディエラ様と戦うようなことにならないと良いですけど……」

そう言っていたが、おそらくそれは私が倒してしまうぞという意味にしか聞こえなかった。

 

一方でディエラがいる方に向かうと彼は剣の調整をしているようだった。

その様子があまりにも真剣そうであったので話しかけるのが躊躇われたが――

「メルユール・セルヒー、一体何の用だ。」

と逆に話しかけられる。


「あら、バレてたのね。」

と笑うと

「分からない方がおかしいだろう。」

そう彼は作業を続けていた。その様子をじっと見ていると

「要件を早く言ってくれないか?」

と催促される。それもそうだ、きっと今は一人で静かに集中したいに決まっている。


そして私は

「これを渡しに来たの。」

と彼に差し出す。


それは刺繍糸でできたミサンガだった。

 

「……なんで君が私にこのようなものを?」

そう真剣に問いかけられると急に恥ずかしくなってしまう。


(渡すのは変だったかな。)

自身がなくなっていくような気がしたが、ちゃんと考えていることは伝えなければいけない。


「色々助けてもらってるし、隣の席のよしみ。怪我したら大変だからほどほどにしてよね。」

それがメルユールとして言える限界だった。


「それなら受け取っておこう。感謝する。」

彼は思っていたより戸惑っていない。良かった、深刻に受け止められなくて。


本来ハンカチは婚約者に渡すようなものだ。

キリアは女性であるためためそういったことがないのも寂しいだろうと思い私が渡すことにした。

しかし、ディエラの場合は別だ。他の意味合いが発生してしまうに違いなかった。渡した相手が誰か分からなくとしても。

 

そこで私は前世でのミサンガのことを思い出して作ってみたは良いもののこの世界でどれくらいの意味合いを持つものか分からなかったのだ。

これを渡して良いものかと迷っていたが、どうしても渡したかった。まだ彼の剣術に優れているということが信じられなかった。

 

「じゃ、お邪魔しないように帰るわね。」

と去ろうとすると

「無理して私の試合を見なくてもいい。こういうのはあまり好きじゃないだろう。」


(あぁ、見ないで。メルユールのことを見ないで。)

私は掴まれた手を取って下に下ろした。

「お気遣いはありがたいけどせっかく見に来てくれた人にそれはどうかと思うけど。」

とその場を後にした。

 

正直驚いた。現代人としてあまり刺激的な争いを見るのが見るのがあまり慣れないという点はあるが、実際メルユールが剣術が得意ではなかった理由はそもそもそういったことが好きではなかったからだ。これを作中で見抜いていた登場人物はもちろんいない。


(本当によく見られているのね。)

それは嬉しいような嬉しくないような複雑な気持ちにさせられるようなものであった。


それでも受け取ってくれて嬉しい気持ちになっていると、目の前から歩いてくる人物が直進してくるのでぶつからないように避けようとする。

しかし思いっきり私に衝突してくる。跳ね返ってしまった私を受け止めたのは――


「サンドル殿下。」


「ちゃんと前を向いて歩くんだな、メルユール。」


彼は嘘吐きだ。こんなのはわざとに決まっている。


「剣を振るのにふさわしい日だ。そして俺が優勝するに決まっている日でもある。」

私に身体を寄せたまま唇を重ねるように顔を覗き込まれる。


「なぁ、お前も嬉しいだろ?」

そうやって顎を持ち上げられると全身の毛が逆立つように嫌悪感に包まれた。


「でも何か足りない気がするんだよな。」

彼は私の両肩を掴んで引き離した。その瞬間に腕に力が入り、痛みが現れる。

「お前には分からないのか?」

手を差し伸べられた。これは……ハンカチを渡せということだろう。


私はその手をじっと眺めていた。ただどうしていいか分からず膝を震わせたまま立ち尽くしていた。

「チッ、ったく愚図だな。ハンカチだよハンカチ、用意してきてるんだろ?」

と足を鳴らしていた。


(本当にこのままでいいの……?)

ここまで我慢すれば原作通りに興味を失ってくれると思っていたが、私はそれを望んでいるのだろうか?

こんな惨めな思いをし続けたままでいいのだろうか。


「あなたにハンカチは用意してないわ。私が刺繍が苦手ってご存知でしょう。」


(言ってしまった……)


「あ?努力もしないで偉そうによく言うよな。申し訳ないって気持ちはないのかよ。」

彼の目的は決して私のハンカチではない。自分の体裁を守りたいだけだ。


「でもあなたは私が努力しても上手くなるわけないって言ったわよね。無駄な努力なんてするなって。」

まさかそれ以上反抗されると思っていなかったのか彼はこめかみを震わせている。


「じゃあそんな無駄なものなんてあなたには必要ないんじゃないかしら?」

そう言った瞬間

「お前ごときがギャーギャーとうるせえな!」

と再び肩を掴まれる。


(痛い……それでもどうにかしなきゃ。)


「これであなたの身体を傷つけたら私の力でも今回の大会は出られないくらいの傷にはなるはずよ。」

そう言ってポケットから出した小型のペンを彼の腰に突きつける。


「お前な!」

彼が殴りかかろうとした瞬間にサッと腕を掴まれる感覚がする。これは――


その後、彼が追いつけないところまで到着するとその人物はマスクを外した。

試合の際につけるものだが、殿下に正体がバレなくて本当に良かった。


「メルユール様……いつもあんな目に遭ってたんですか?」

連れ出してくれた本人、キリアは澄んだ瞳に大粒の涙を浮かべて私を見ていた。


「あんなのひどすぎます、剣に強い方が試合の場ではないところで人に暴力を振るうなんて剣士失格です。」

彼女はそう言って私を抱きしめた。少し肩は痛むが、今はその優しさを全身で受け止めたかった。


「あなたは本当に高潔なのね。助けてくれてありがとう。」

と感謝すると

「当たり前ですよ!」

そういつものように笑っていたが、どこか影があるように見えた。


その後は彼女が準備に入るまで一緒に過ごしていたが、席を見つけて観覧することにした。

試合が始まるまでつい考え事をしてしまう。


(キリアとサンドルが出会うのはこの剣術大会だけど、もしかして今のが出会いとしてカウントされてしまったらどうなっちゃうんだろう。)


私は我慢できずに彼に反抗してしまった。

自分だけでなく自分の正義という名目でメルユールの分まで叩きのめしたいと願ってしまった。それは傲慢ではないだろうか?

そんな私の考えと不満は試合開始の合図と人々の声援によってかき消された。

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