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5.

 入学して数ヶ月経った今も私、メルユールにはキリア以外に友達ができていない。

前世の私も友達が多い方ではなかったが、ここまで酷くはなかった。

キリアはキリアで鍛錬を続けているので休みの時間がある度、剣を握っているようだ。

それもそうだ。原作で重要な出来事である剣術大会は近い。


教室で座っているだけなのも居心地が悪いので外に出てきたがすっかりサンドルのことを忘れていた。

彼は確かに定期的に会いに来るが、私が人気の多い場所にいるかキリアと一緒にいることが多いからか手を上げてくることはない。

手の傷はとっくに治った。それでも積み重なっているあれこれは解消しないが、もう少し、もう少し我慢すれば大丈夫だ。


そんなことを考えていたらいつの間にか鍛錬場に到着していた。

わざわざ見に来るなんて恥ずかしいだろうかと思いそこを後にしようとすると

「メルユール様!」

とキリアが駆け寄ってくる。


「見にきてくれたんですか?」

そう彼女は抱きついてこようとするので

「ちょっとあなた汗臭いわよ。」

と拒否すると

「そんなことないですよ!」

そうまたお馴染みのくねくねとした特徴的な動きを見せる。


(美少女がやると何でも可愛く見えるものなんだな。)

 

「お疲れ様。」

そうやって声をかけると

「ありがとうございます。」

と笑う。


「そうだ、次の授業って何でしたっけ?」

突然彼女は問いかけてくるので

「地理よ。」

と答えると

「わ!課題の一部やるの忘れてた!昨日寝落ちしちゃって……」

そう焦り出す。


「私のを見せましょうか?」

提案したものの

「いえ、自力でやります。じゃあすぐ着替えてくるのでここで待っててもらえますか?」

と彼女は言葉だけ残して走り去っていく。相変わらず走る速度が異次元だ。


(じゃあここで待ってようかな。)


近くにあったベンチで座っていると近くの図書館に行っていた様子のディエラと目が合う。

私は恥ずかしくなって目を逸らすと彼は大股でこちらに近づいてくるのだ。


「ジロジロと見られるのも腹立たしいが目を逸らされるのも気に障るね。」

そう言って隣のベンチに座ると

「君は最初から変だったが一体私のことを何だと思っているんだい?」

と問いかけられる。


その瞬間にまるでわざとらしい演出かのように風が吹く。またルバーブの香りが肺までたどり着いて苦しくなる。

この場所に確かに存在していて私と話しているという事実を突きつけられているような感覚がするのだ。

そんな彼が私にそれを尋ねる理由はなんだろう。


よく分からないから?

ではそれは私のことを知りたいと言うこと?


また藍色の瞳が揺れているがその中には私が映されている。いや、メルユール・セルヒーが。

彼女は彼女であって決して私ではない。私は彼の瞳に映ることは叶わないのだ。

その事実が私を締め付けて何も考えなくさせるような気がする。本当に重要なのはそんなことではないと言うのに。


「だから知人に似てるって言ったじゃない。」

と誤魔化すように笑って返した。彼は怪しんでいたが気を遣ってこれ以上聞いてくることはなかった。

そう、彼はそんな面がある。心から愛していたヒロインにはそんな姿をよく見せていた。


「あ。」

私は彼の借りてきた本を見て声を漏らした。

「いや、これはそんな深い意味はなくて……」


「それ私も借りたことあるわ。」

そう言うと彼は目をぱちぱちとする。

「人の騙し方。」


(うーん、あくどいけどこんなところが色っぽいと思っちゃうのはダメかな。)


「君って人は。」

と距離を置いて目を細めて見られるので

「あなただって借りて来たんでしょ!」

そう主張すると

「あー、あー、そうだ。」

と適当にあしらおうとする。


「君も読んだんだから知ってるだろう?これはもっと人間の認知に関する本で人間関係のあり方などを問いただす内容だと。」

そう彼は本を開いてパラパラとページを捲る。私にとって毒のように感じられたルバーブの香りが一気に古書の匂いに上書きされる。


「面白そうだから借りて来たんだ。私はよく人の心が分かってないと指摘されるから。」

 

(確かに性格は良くないけどそう言うことじゃないんだけどな……)


「君はどうして借りたんだ?」

と尋ねられる。そんなことを聞かれると思わなかった。


私は彼にこの瞬間も嘘を吐き続けている。これ以上嘘を重ねたくはなかった。

それがあまりに伝え難い事実であったとしても。


「殿下を騙したくて。」

その一言は自分が思っていていた以上に重いものになってしまった。


「最初はもっと優しかったの。私にしたいことはないか?欲しいものはないか?って尋ねてきたわ。」


「じゃあなぜその時婚約しなかったんだ?きっと親も話を進めようとしてただろう?」

それは私が未来を知ってるから、なんて言えるわけがなかった。


「その頃の私はかっこよくて素敵な殿方と結婚したいって言ってたみたい。でも会ってみたら思ってたのと違ったのよ。」

と笑う。これは嘘じゃないはずだ。


それを聞いた彼は

「酷い話だな。」

と大笑いしている。彼のこんな姿は初めて見る。

 

(ディエラもお腹を抱えて笑ったりするんだ。)


「で、段々殿下は変になっていったの。私の生活についてしつこく聞いてきたり、婚約もしていないと言うのにドレスの意匠を合わせようとしてきたりして怖かった。」

その間彼は真剣に私の話を聞いていた。


しかし少し躊躇ってこう言うのだ。

「最初にこんなことされたのはいつなんだ。」

そうやって手を見つめられると辛かった。彼には本当に知られたくなかったのだ。

せっかくこんな美しい容姿に生まれたのだから綺麗なままで見て欲しかった。同情などされたくはなかった。


「数年前くらい、かしら。パーティでお兄様以外の方と踊った日から。」


私はその日のことを忘れてはいない。

あの時お兄様に助けられていなかったら――無理矢理唇を奪われていたに違いないのだから。

それに失敗した彼は腹いせに私を傷つけた。しかし本当に肌に付けられた傷よりも心に深く刻まれたものの方が痛ましかった。

お兄様はあれから私をパーティに出席することを禁止した。それは令嬢としては論外であるが、私にとってとてもありがたいことであった。


「この本を読んで何かためになることはあったのか?」

彼は必要以上に踏み込んでくることはなかった。

 

「少し?」

そう答えると彼の瞳孔が開いた。

「嘘を吐くのが怖くなくなったわね。」

少し落ち着かなくて制服のスカートを掴みながら

「本当のことを言っても結局変わらないの。だから少しでも嘘で自分を守れるのがいいかなって。」

と答えた。


彼の面持ちは硬かったが、どこか緩んだようなように見えた。


「君の反抗心が途絶えてなくて良かった。」

そう言う彼の表情はとても穏やかなものに見える。私はこれの意味を受け取ることができなかった。


「いつも私に言うようにしろとは言わないが、何かあったらいつでも言ってくれ。」

と彼は去っていった。先ほどまで普通に話していたと言うのに急に変だ。


(もしかして私が色々話し過ぎたのかな……?)

なんて考えていると

「メルユール様、ディエラ様と話してましたね?」

とヌッとキリアが出てくる。


「もう、ディエラ様って分かりやす過ぎます。」

そう彼女は色々言っていたが私にはよく分からなかった。


「お待たせしてすいません!急いで教室に向かって大丈夫ですか?」

と言われる。またあれだ。

「わ、分かったわ。」

私は覚悟して足に力を入れる。


彼女は入学式のようにとてつもない速度で校舎の方へと向かった。

教室へ到着すると、彼女は頭を悩ませながら私の机で残りの課題を解いていた。


「君はちゃんと解いてきたんだろうね?ペアで答え合わせするんだから忘れたら困るよ。」

彼女の横に立っている私を見てディエラはそう言った。先ほどの姿は今は見えない。


「あら、私が忘れて来たことなんてあって?やだ、ディエラさんって忘れっぽいのね。」

と煽ると

「君だって忘れっぽいんだな。こないだ筆箱を丸ごと忘れ――」


「あー覚えてない覚えてないわ。何のことかさっぱり分からない。」


そう、先日私は筆箱を丸ごと家に忘れて来てしまったことがあった。

本当はキリアに借りられれば良かったのだが、気付いたのは授業が始まった後のことだったのだ。


「申し訳ありませんディエラ様。」


「なんだ急に気持ち悪いな。」

彼は本当に心底気味悪がっていた。


「筆記用具を貸してください……」

そうお願いした時の蔑んだ表情たるや。


(でもそんなところがかっこいいんだけどな……)

そう思い彼をチラッと見ると

「何で君は今、表情を緩ませているんだ。本当に変な人だな。」

と指摘される。


「は!やっと終わった!」

そこでキリアはやっと課題を終わらせることができたようだ。


「そんなこと言ってメルユール様のことよく見てるだけですよね。」

とキリアは指摘する。

「何だ、話を聞いてたのか。」

そうディエラは言ったが、それについて反応することはなく

「メルユール様!ありがとうございました!」

と彼女は去っていく。


「ごほん。」

そう彼は咳払いをして何もなかったように

「まあ見間違うこともあるだろうよ。」

と誤魔化したのだ。


(これからは彼に見られてると思って行動に気をつけなきゃ……)

と私は思った。

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