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3.

 「あぁ、変な人だ。」


教室で決められた場所に着席すると右からそのような言葉が聞こえる。

誰が変人だ、と思ってその方向を見ると。


「げっ。」

顔を見た瞬間に無意識で唸ってしまう。


「一体さっきから何なんだ?」

と不思議そうに私の顔を見ているのはディエラだ。

先ほど自分からは関わらないと決めたと言うのにこれから隣の席で過ごさなきゃいけないなんて幸運と言うべきか、不運と言うべきか……


「訳が分からないから早く君の素性を教えてくれるかい?」

そう自己紹介を促される。


「私はメルユール・セルヒーよ。」

心臓が高鳴ってままならなかったがここで緊張を出してしまってはセルヒーの名が廃る。いくら自分がメルユール本人ではないとは言え、品格を壊したくなかった。


それを聞いた彼は

「あぁ、君が例の。納得したよ。」

と興味なさそうに小さくコクコクと頷いていた。

ちょっと嫌な感じだ。でもそこが良いって言ったら彼は引くだろうか?


「ご存知のようだが私はディエラ・ソラネル。」

と言い

「君とは初対面のはずだし、私は君に何か失礼なことをした覚えはない。だから顔を見合わせる度にあれこれ言うのはやめてもらえるかな。」

そうきっぱりと指摘された。


それはそうだ。私が悪い。


「申し訳ありませんわ、ディエラさん。ただあなたが知人に似ていて驚いただけなの。」

嘘は吐いていない。


彼は再び納得したように目線を遠くに持っていく。それが再び戻ると

「理解はしよう。でも君とは極力関わりたいとは思わないから授業の中で必要最低限にしてもらえるかい?」

そう提案してくる。


彼はおそらくこちらの世界でも高位貴族であり、私と関わることによって王位継承権関連に巻き込まれることは避けたいのだろう。

私たちが男女であるからこそなおのことだ。


(それにしても本当に性格が悪いな……)


私が最悪な末路を迎える悪役令嬢である一方で彼はヒロインの愛によって改心する悪役令息だ。

だからこの世界で彼が破滅しないようにと行動する必要もない。確かにそうなのだが――


「そうよね。分かったわ。」

最大限さっぱりと聞こえるようにそう返事をした。

彼が真っ直ぐ前を向くとしなやかな髪が揺れてルバーブのような香りがした。ディエラが本当に生きていると感じられて胸が締め付けられる。


あともう一つ私と彼の違う点がある。

私はなぜ悪役令嬢になったのか未だに分からないが、彼は優しくも厳しい両親が黒幕集団に脅されて悪事を働かされていたことによって精神が不安定になっていたのだ。しかし今の彼にはそのようなことはないだろう。


そっと彼の手に目線を向けてみる。あの世界の彼は手にペン由来ではないタコができていると言う描写があったはずだが見受けられない。それを確認してホッとする。今ここで完全に幸せでなくてもただ穏やかに生きれていたらと願うばかりだ。


入学してからの説明会が終わり、やっと帰宅できると思ったのだが。

「わ〜!ドキドキしますね。メルユール様!」


新入生だけでの親睦会が開催されるようだ。こんなことは知らない。なぜなら小説に書いてなかったから。

妙な嫌な予感を背中に感じながら

「そ、そうね……」

と振り絞って返事をする。


この世界の親交の深め方というのはどういうものかと疑問に思っていたが現代と変わらないかもしれない。

同じモチーフを持っているもの同士でペアになり、お題に沿って会話をすると言ったようなものだ。

まず私が心配するべきなのは自分のことではなく相手のことだろう。


「あなたはどう思われますか?」


「え、えーっと……ひっ……」

 

例えばこのような沈黙であったり。


「おい、何で無視するんだよ。」

想像し得る最悪の事態であったり。


「お前が持ってるのはダイヤだろ。俺と一緒。」

そう問い詰めてくるのはサンドル殿下だ。


「殿下、こういう時にイカサマをしてはいけませんよ。」

嫌でも怒ってるでもないような態度でそう言うと

「……素直に嬉しいって言えばいいのに。」

と嘲笑する。初めて会った時の化けの皮はあっという間に剥がれた。私がよく知っているのはこの姿だ。

自分はメルユールのことを好きではない癖に愛を求めているのが余計に癪に障る。

 

「座れよ。」

無理矢理引っ張られた腕を逆に引き剥がして自力で座る。周りの視線を強く感じた。

見せ物じゃないんだと言ってやりたかったが、まだ正気でいたかった。楽しくなるはずの空気を崩したくなかったのだ。


「ま、俺らにはこんな薄っぺらい議題なんて必要ないよな。」

と彼は用紙を退けた。


膝の上に置かれた手は汗ばんで震えている。現実世界ではいくら辛くともこんな思いをしたことがなかった。

誰も助けてくれず、惨めだ。捨てられると分かっていても彼の手を取らなければいけない運命なのだろうか。


彼は腕を引っ張って無理にテーブルの上で手を繋いだ。

「遠慮すんなよ。」

くだらなくてため息を押し潰した。


「そうやって意地張ってると機会を失うけどさ、お前は本当にそれで良いと思ってんの?」

そう言いながら私の手の平に爪を突き立てた。


何も言わず我慢している私の様子を見て

「いつも偉そうに粋がってるお前を見ると引きずって這いつくばらせたくて仕方ないよ。今みたいにそうやってじっと我慢して俺だけを見てれば良いんだ。」

ただ、涙が出そうだった。


私はやっと理解できた。

メルユールを悪役令嬢に仕立て上げたのは彼だということに。

プライドを折られ、彼に縋るしかなく、キリアに取られそうになると堕落し、結局彼にとって不要になると捨てられてしまった。


どうしようもなく私はその時間やり過ごすしかなかった。

泣いても怒っても彼を喜ばせるだけ、いや我慢しているのもそうかもしれないが、できるだけ彼の目を見なかった。


そうすると苛立って

「なんか答えろよ。」

とテーブルの足を蹴って威圧してくるので恐怖で震えてしまった。

流石に異様な雰囲気を周囲は嗅ぎ取っていたかもしれない。だからと言ってこの国で彼より貴い身分であるのは両陛下のみで誰も嗜めることはできないのだ。


そのはずだったのに――


「殿下。」

そう話しかけてきた人物に対して彼は

「あ?何だよ。」

と威嚇する。


「ペア交換の時間です。」

そう無表情で話し掛けてきたのはディエラだった。

殿下は嫌そうな顔をして立ち上がった。私も立ち上がってくじ引きの方に向かう。

まだ視線は私の方に向けられていたような気がしたが、気にしないフリをした。

 

確かに彼の執着は酷いものであるということを小説で知っていたものの、それはキリアに向けてのものだった。しかし彼女は強い。

彼は彼女に勝てないという理由から本当に敬愛していたのだと思うが、果たしてこれを彼女に押し付けて良いものなのか悩んでしまう。

私は一体どうすれば良いのだろうか。


ミニゲームのようなものが終わってからは軽いパーティが開催された。

正直私は食欲が湧かず、ただ早く帰宅したいばかりであった。しかしこちらの方はクラスごとであったので殿下とは距離を置くことができた。


目線を必死に動かしてディエラを探すと彼は端の方で座って一人で黙々と少ない量の料理を食べている。

そこに向かおうとしたが


「メルユール様。」

そうキリアに話しかけられる。

「一緒に食べましょう?」

と誘われると素直に嬉しい。先ほどまでの恐怖が和らいでいくような気がするのだ。


「そんなに食べるの?」

立食パーティとは言え軽食であるのに、彼女はそれらをトレーの上にじゃんじゃん乗せていく。

「はい、帰ったら鍛錬しなきゃいけないので。」

と真剣な顔だ。


それらを私よりも早くに平らげた後に

「残念です。くじ引きでメルユール様に当たったら色々聞こうと思ってたことがあるのに。」

と眉毛を下げて残念そうに喋り始める。


「別にこれから聞いていけば良いんじゃない?」

そう私が軽く言うと


「本当に、本当ですか?」

と目を輝かせている。確かにメルユールは美人ではあるが皆は目を合わせようとしないと言うのに彼女は一体どこに惹かれていると言うのだろうか?


「じゃあ、じゃあまずなんですけど。」

慌てて質問しようとする彼女に対して

「もう?」

と揶揄うように言うと

「あ、ごめんなさい。明日で良いです。」

そう焦る彼女が可愛らしい。


会場を出て

「今日は朝から本当にお世話になりました。」

と言って挨拶をした彼女は寮の方に向かって行こうとしていた。

「こちらこそ、朝の移動は楽しかったわ。」

そう話すとまた人懐こそうに笑う。私はこの笑顔を曇らせたくはない。


彼女と別れてから門に向かうまで周囲を見渡していたが特に怪しい人物は見かけない。

行儀が悪いが少し走って向かおうとすると腕を引かれる。

恐怖が蘇って身体全体が引き攣るような感覚を覚えた。すでに彼の行為はトラウマとして染み付いているのだ。


「す、すまない。」

恐怖に怯えている私を困惑した表情で見ているのはディエラであった。


「ごめんなさい。」

身だしなみを整えて普通のフリをする。彼にみっともない姿を見せたくなかった。

 

「どうされたの?」

そう何でもないかのように尋ねると

「事を大きくしたくないんだろう?」

と手を差し伸べてくる。

「両手を出して。」

言われた通りにすると包帯が落ちてくる。まさか?


「清潔にしておくのが一番だから、それで隠して家でちゃんと消毒するといい。」

そう言っている彼の姿はまるで都合の良い夢のようだった。


「あなた本当にディエラ・ソラネルなの?」

と聞くと

「君は本当に失礼な人だな!」

そう見慣れたような姿で怒っていた。

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