2.主人公とは
「ちょっとここで休んでいこう。」
そう辿り着いたのは図書館の近くの木陰だった。
木の葉から差し込む光が温かい。春であるからか小鳥の可愛らしい声が聞こえてくる。
頬を再びさすってみる。やっと気持ちが落ち着いたようだ。
それにしても想像していた以上に素敵だった。
サラサラのグレイッシュゴールドの髪、切れ長の藍色の瞳に長い睫毛、鼻は高くて……
(ちょっと待って、考えなきゃいけないことは他に沢山あるでしょ!)
入学すれば最初はサンドルを徹底的に避ければそのうち大丈夫、と思っていたというのに全然予想がつかなくなってしまった。
一体誰が世界をこんな風にしまったのだろうかと考えながら石ころを蹴ると――
「誰かいますか?」
と声がする。その方向を見るとミルクブルーの髪を持つ綺麗な少女がいた。
彼女が主人公キリア・ベリタスだ。
ふと思い出した。ここは彼女が疲れた際に休みに来る場所であったと。
「先客がいたのね、大丈夫よ、帰るわ。」
と言うと
「あ、違うんです。待ってください!」
そう彼女は駆け寄ってくる。近くで見るとすごく可愛い。
「あの、出会ったことを機に仲良くしていただけませんか?」
とお願いしてくる。
「あ、えーっと、キリア・ベリタスと申します。」
そう挨拶をされると断ることなどできないだろう。
「メルユール・セルヒーよ。どうぞよろしく。」
と優雅に挨拶をすると彼女は
「あ、あなたが――」
そう口を開けていた。
「サンドル殿下の求婚を断り続けているというかっこいい侯爵令嬢様ですか!?」
驚いたような顔をするので、てっきり怖がられるのかと思ったがどうやらそうではなかったようだ。
「こんなこと聞いてもいいんでしょうか。実際どうなんですか……やっぱりお好きじゃないんですか?」
と不敬罪まっしぐらの質問をして来るので
「ちょっとあなた、殿下だってここに通ってるんだから言葉には気をつけなさいよ。」
そう注意する。まさか私がヒロインにこんなことを言う羽目になるなんて思わなかった。
「あ、本当ですね。」
口を押さえて声を小さくするがこの本当の天然の香りが危険だ。果たして私は友人になることを了承して良かったのだろうか?
そんなことを考えていると
「あ。」
と彼女は突然叫ぶ。
「どうしたのよ。」
「入学式に行かないと!」
木陰から見える新入生たちがまばらになってきている。もうそろそろ入場する時間だろう。
色々なことに気を取られていてすっかり忘れていた。セルヒー家のご令嬢が不参加なんてとんでもないことだ。
走り出そうとした瞬間に
「失礼します。」
と彼女は私の腕を軽く握った。そうすると彼女が一歩進む度に風を切って大きく前進する。
(あぁ、彼女は本当に主人公なんだ。)
この国では身分と同じくらい剣術の熟練度を重視する。主人公であるキリアは可憐なだけでなく特殊な剣気をを持つ優秀な剣士だった。
そして入学する時点でその才能は片鱗を見せているようだ。
「風が顔に当たって痛くないですか?」
彼女はそう尋ねてくるが、背後にキラキラが見えるような美少女パワーの方が私によく効く。
「だ、大丈夫よ。」
「じゃあもう少し速度上げますね。」
そう言って彼女は前傾姿勢になった。ギアが上がったように加速する。
「ちょ、ちょっとこれって停止できるの?」
「任せてください!」
と彼女は言うが……不安だ。
目の前に会場である会館が見えてきた。
まばらに歩いている人々からジロジロと見られている。ただでさえ好かれてないと言うのにこれ以上目立ってどうするのだ。
私は顔を隠すように頭を抱えた。
「止まります!」
そう宣言して急ブレーキがかかる。人間であると言うのにまるで車のようにキキッと擦れる音が鳴った。
足の状況を確認してみたが負担はかかっていないようだ。この世界の常識にはもう慣れたと思っていたのに未だに不思議なことは多い。
「最後に入場して悪目立ちしたくないですからね。」
と彼女は全然疲れの見えない顔で笑っていたが
「十分目立ってはいるのよ。」
そう肩をポンと叩いた。
その後会場に入場して入学式が始まった。
今までは屋敷の中で過ごすことが多かったが、学園に入学してみると小説の中にいるのだという実感をより強く感じる。
同時に本格的に本編が始まるのだと思うと不安もあるが、きっと大丈夫だ。
キリアとはそれとなく友人として付き合えばいいだろうし
(だって可愛いから無碍に扱うなんて可哀想じゃない?)
ディエラは……きっとこちらから関わろうとしない限り卒業するまで友人になることも難しいのではないだろうか。
それで良い、私はこの世界で頑張らずにただこの世界の理に沿って自然に生きていくのが目標なのだから。
着席して右の方を見るとキリアが小さく手を振っている。
どうして犬猿の仲になるはずだった私にここまで懐いているのか分からない。
(もしかして同じ転生者……ってことはないよね?)
いや、それはあり得る。じゃあ逆に友好的なのは幸運ではないだろうか。
お互いに協力して幸せに暮らしましょうとお願いすればいいのだから、そう思って口角を上げて喜ぶ。
しかし顔を上げた瞬間、目の前にはサンドル殿下が新入生代表として挨拶をしようとしていた。私の喜びは一気に霧散した。
彼は挨拶をしている間人々の顔を見ていたが、私と目が合うたびに思わせぶりな視線を注いでくるのだ。その度に鳥肌が立った。
確かに彼は美丈夫だ。初めて会った時よりもかなり成長し、既に大人っぽい魅力を纏っているが――
私は忘れない。彼が小説の中でメルユールを森へ置き去りにしたことを。
確かに彼女は自分の権力を振り翳して彼を翻弄していた。継承権争いで拒絶することができず、そんな日常に辟易していた彼の限界の果てであった。
しかし絶世の美女、王国の権力の結晶、全ての誉を手にする強欲な悪女にしてはあまりにも粗末な末路だった。
読者たちはそれが彼女を一番悲劇の存在にさせるべくして起きた出来事だと言ったが――結局それはキリアにも大きな傷を残すことになった。
私は決して自分がメルユールとして生きる中でそんなことにはなりたくないのだ。
式典が終わってクラス分けの表を見ると幸いなことにサンドル殿下とは違うクラスであった。
そして――
「メルユール様っ!」
ととっと駆け寄ってきたキリアが
「同じクラスですね。一年間よろしくお願いします!」
そう挨拶をしてくる
「えぇ、キリアさん、よろしくお願いします。」
と返すと
「わ!私なんかにそんな丁寧にしていただかなくていいですよ。」
そうくねくねしている。
(なんか……子犬みたい?)
ふとそう思って手を伸ばしてしまう。自分より少し背の低い彼女の頭にそっと触れると
「へへっ」
と笑っていた。私はその反応を見てハッとする。
「ご、ごめんなさい。初対面の人に……」
(何度も読んだ小説だったからつい親近感を感じて……)
「いいんですよ。」
そう彼女は慣れたような顔をしていた。
「実は私、お母様がすごくしっかりしていて?メルユール様に似てるんです。だから話してみてもっと親しくなれそうだなって思えて嬉しいんです。」
と笑った。
「ま、そうね、私は口うるさいから。」
「そう言う意味じゃないですよ〜!」
そう彼女は焦って必死に否定していた。
彼女の強さは父親の才能とその母親の鍛錬のおかげだと描写される。
両親との仲は良好であったようだが、施されてきた厳しい特訓と彼女の性格が噛み合わなくて実際に話してみると不思議な感じがする。
(本当に本人なのかしら?)
あえて尋ねるようなことをして怪しまれるのも嫌だったので気にしないようにしようと思っていたがやはり気になってしまう。
「そういえばさっきは木陰で何をしていたの?」
まず少しずつ質問を重ねていこう。
「瞑想です。初めての場所で緊張してしまって、落ち着ける場所を探していたんです。」
普通の回答だ。
「私も一緒よ。」
「え!?メルユール様も緊張とかするんですか?」
と言ってくる
「私のことを何だと思ってるのよ!」
そう返すとただ大声で笑うのだ。
何というか自分でもあまりにも貴族令嬢が板についてしまっている気がする。
話し方が完全にメルユールそのものだ。
いけない、本来の目的を忘れるところであった。
「ねぇ、キリアさんは……」
彼女の目を見る。ミントグリーンの瞳は透き通っていて一点の曇りもない。
「深い森は怖くないかしら?」
そう問いかけると彼女は喉を鳴らした。
やっぱり――と思った瞬間
「怖いに決まってるじゃないですか!なんか修行だからって行かされたことがあって……思い出すだけで震えます。」
と身体をさすって震えさせるような仕草をしていた。
(今のところ転生者じゃないと思っておきましょ。)
「あんな所は行く場所じゃないですよ。用がない限り。」
そう強く言い切った。
こんなに華奢そうに見えて可憐な容姿を持っていると言うのに既に歴戦の騎士のような経験も持っている。
きっと彼女の持つオーラは主人公だからではなく、努力の賜物として手に入れたものなのだと思ったのだ。




