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15.

 「キリア嬢には私から話すべきだと思うんだ。」

授業が終わってすぐディエラはそう伝えてくる。どうやらそのことで私に視線を向けていたようだった。

「でも、そもそも私が友人としてすぐに言わなかったことが良くなかったでしょうし。」

それを聞いた彼は首を横に振る。

「まず私が責任のために君に求婚したんだ。それを君は許諾した。最初に始めたのは私だ。」

 

どうして彼はここまでしてくれるのだろうか。まだその理由を特定することはできない。それでも彼が優しいことは知っている。きっとこれからもそのままで生き続けるのだろう。その優しさを注ぐ相手が私でなくなったとしても。


(セフィラに嫉妬するなんて思いもしなかった。)

元々『あなたを救えたら』では呪いに苦しんでいるメインヒーローを彼女が救うので二人が結ばれることに対して不満はなかったし、確かにディエラは可哀想だったかもしれないが彼は彼なりに自分の人生を歩んで行くのだ。そんな姿を好きになった。でもきっと心は痛かっただろう。もし彼女が違う世界で救ってくれるのであれば、彼はそれを願っているに違いなかった。ではどうして私は彼の隣でこんな風に笑っているのだろうか。


一度生まれた違和感はそう簡単に消えてくれはしない。

「どうしたんだ?」

目の前でディエラが手を振っていた。どうやら思っていた以上に長い時間ぼーっとしてしまっていたようだった。

「なんでもないの。やっぱり二人でちゃんと言いましょう。付き合ってくれるかしら?」

彼はその言葉に静かに頷いた。


そのまま二人でキリアに話しかけに行こうとしたのだが、タイミングが悪くディエラが先生に呼ばれて行ってしまう。

「すまない。もし君ができるだけ早く話すつもりなら、後からこちらからも話をしよう。」

彼はそう言ってたが、私はそちらの方が望ましく思えた。今の状態ではどのような誤解も招いてしまう可能性があった。


「キリアさん、ちょっといいかしら。」

呼びかけた彼女を先日セフィラを見かけた花壇の方まで連れて行く。このことだけは他の人々に公式発表までに知られたくはない。


「こんな綺麗な場所があったんですね、しかもとても静かだし……」 

周りを見回して感嘆している。

「で、お話ししたいことってなんですか?」

彼女は目を輝かせていたが、気のせいか少し大人っぽくなったような気がしてしまう。ヴィクトル殿下のせいだろうか?それとも私が隠し事をしていたせいで距離を置きたくなってしまっただろうか?


「あのね――」 

話し始めた途端に小さな話し声が聞こえてくる。どうやら男女の声のようだ。もしかするとここは密会にも利用されていたりするのかもしれない。

人の気配を察知したキリアが私の腕を取って建物の裏の方に隠れた。秋も深まり、こんな場所は冷たくてすごくひやりとする。     


「それでですね……」

鈴の鳴るような声で話しているのはセフィラだった。相手はヴィクトル殿下だ。一体どういうことだろうか。

私はただキリアの背中を見つめることしかできない。


「ここに新しい苗を植えたいんです。寒さに強いものを取り寄せたいんですけど。用務員さんに頼んでもよろしいですか。」

どうやらこの場所は彼女が本格的に管理しているようだった。

「分かった。僕から伝えてみよう。」

彼はそれを当たり前に思っているようだ。特に気になる反応もなく普通の受け答えをしている。


「あ……」

突然彼女は驚いたように声を上げ、その音はだんだん小さくなっていく。戸惑っているようだ。何を見ているのだろうか?

「どうしたんだい?」

彼は優しく問いかける。少し腰を曲げたような紳士的な態度だ。

「ここ、頭に落ち葉がついてます。」

そう頭を指差して必死に彼に場所を教えようとするがうまく伝わらない。


「……失礼します。」 

結局彼女が背伸びをしてその落ち葉を取ってあげるのだ。なんてロマンティックな展開だろう。私も知らない、原作にない。いや、絶対にあり得ない場面だった。でもそんなことは今までも溢れるほどにあったのだ。私がディエラと話して、彼がキリアを揶揄って、そんな三人で過ごした日々でさえも絶対にあり得ないことだった。だからどのようなこともこの世界には可能性があるのだ。秘められているというのだ。


キリアの心情が読めなくて息を飲み込んだ。今すべきことはただ一つだ。


二人が去って行った後

「……大丈夫なの?」

そう問いかけてみたが、これもやはり正しくない気がしてしまう。 


「メルユール様だったら……どう思いますか。」

彼女は小さな声でそう呟いた。涙が声に混じっていて思わず抱き寄せてしまう。私は彼女の友人だ、友人なのだから――でも私は一体何者だと言うのだろうか。今彼女が傷ついている真実以上のことはないと言うのに予測通りになっていない現実の方に混乱してはいないだろうか。


「もしあなたの婚約者があんな風に、他の女性と親密そうにしていたらどう思われますか。」

それはあまりにも悲しい問いだった。

「でも婚約者はすごく人気者で自分には勿体無いって常に思っていたら、そんな一歩引いている私が悪いんじゃないかって思ってしまうんです。もっと正々堂々とあなたの私であって私のあなただよってちゃんと言わないとって。母の受け売りなんですけど、そんなのってきっともっと強い女の子ができることじゃないでしょうか。」

キリアは間違いなくヒロインだ。誰よりも特別な。しかしこの世界にはそんな存在が二人も現れてしまっている。それでも世界で一番強いのは彼女はずだった。

「私は弱いです。強いから、人の強さを知っているから。だからこそ誰よりも恐れるんです。」

あのサンドルさえも跪かせた恐るべき女性であると言うのに。


メルユールではなくて私にしかできないことは何だろう。そう考えた瞬間に身体は動いてしまう。

俯いている彼女の顔を持ち上げて潤んだ目を見つめた。彼女の気持ちのように真っ赤なルビーのような瞳。私は絶対に曇らせたくなかった。ヴィクトル殿下が守らないのなら私が守るだけだ。


(よし、決めた。) 


「じゃあ私が直接殿下に文句を言ってくるわ。以前面倒を押し付けたこともあるから怖くないしね。」

そう言って私が一歩踏み出そうとすると

「ちょっと待ってください!」

彼女は焦って私の腕を掴んで止めようとする。

「でもこういうことってもっと……」

混乱しているようだった。当たり前だ。自分が間違っているのではないか、大袈裟なのではないかと思ってしまうはずだ。でもそれでも彼女に不信感を植え付けたのは事実なのだから彼を責める権利は十分にある。


「だからあなたが難しいなら私が言いに行こうかしらって。」

空気が読めないと思われても良かった。だって――

「分かりました!ちゃんと私から言います!」

それが彼女にとってとてつもない苦しみだとしても長引いてしまわないように今解決すべきだと思うから。

 

「じゃ、今から急いで追いかけましょうか。」

私が再び一歩踏み出そうとすると

「ちょっと待ってください。」


「どうしたの?やっぱり怖い?」

少し無理させ過ぎただろうかと思って顔を覗き込むと彼女は想像以上に怒った顔をしていた。

「何だかすごく腹が立ってきました。ちょっと待っててくださいね。」

彼女は熱り立った馬のように片足を踏み鳴らす。

「いつも以上だと思うのでしっかり腕まで掴んでてくださいね。」

そう言って彼女は入学式の時のように駆け出した。


「あなたまた腕を上げたんじゃない?足だけど……」 

伝えてみるものの速度が早過ぎて上手く喋れない。

「ごめんなさい。声は分かるんですけど内容が聞き取れないです。」

表情を見ると怒っているのは伝わってくるが疲れている様子は見えない。確かに原作でも彼女が力において苦労する描写はなかったがここまで最強だとかえって清々しく思ってしまう。


セフィラと別れた後のヴィクトル殿下が優雅に歩いている様子が見える。私はお気楽なものだと毒付いてしまいそうになるが口を塞いだ。

キリアは急ブレーキのような音を強く鳴らして止まる。どうやら威嚇のようだった。しかし――


「おや、キリア。そんなに急いでどうしたんだい?」

そう話しかけられた瞬間に彼女は固まってしまう。どうやら本当に彼のことが好きなようだ。


私はそのままフェードアウトする予定であったが

「キリアが殿下にお話ししたいことがあるそうです。今、ちゃんと聞いてあげてください。」

と彼女の背中を押し出した。しかしびくともしないので少し笑いそうになってしまう。そんな気持ちを隠して私はその場を離れた。


(メルユールだったら、ね。)

原作ではキリアがサンドルの寵愛を一身に注がれるようになったことからメルユールはさらに壊れてしまった。彼女からすれば冗談じゃないというところだろうか。しかし彼女はいつだって正々堂々と彼女を罵った。姑息な真似はしなかった。彼女は自分の美貌と権力がこの世界の全てに通用すると思い込んでいたのだ。だから壊れてしまった。そしてドミノ倒しのように周囲の人物も倒れてしまうのだ。キリアの心でさえも壊されてしまう。それを救うのがヴィクトル殿下だったが……


(まさかあんな風に聞かれるなんて思ってなかったよね。)

そうメルユールに問いかけてみる。なぜだか彼女はまだ私の中に生きている気がしてしまうのだ。

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