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13.私とメルユール

 「ふふ、やっぱりそうでなくちゃね。」

鍛錬場の影からこっそりと覗き込む。目の前にはキリアが勝負をしている。相手はヴィクトル殿下だ。


(そうそう、このシーンではこんな感じだったはず。)

「本当に強いんだね、そんな風に見えないのに。」

ヴィクトル殿下が剣を全力で振りかざすと彼女はそれを受け流してしまう。

「性別で手加減しないのはありがたいですが、言葉で言われると複雑ですね。」

一歩近づくと彼女は斬りかかろうとする。彼は後ろに踏み込んで身体を逸らして逃げてしまう。そのまま彼女は足を取られてしまう。

「……そんなまさか。」

動きが早い彼女に隙などない。理由はただ一つだ。殿下の身体捌きが彼女よりも優れているということ。

そのまま彼は彼女を抱き止めるのだ。そして、取り乱して距離をとるキリアに対してこう言うはずだ。

「女の子だからじゃないよ。君はとても綺麗だからだ。相対的な話じゃない、絶対的に。」


(きゃあ!こう実際に見るとすごくテンションが上がってしまう。やっとメインカップルの誕生だよ!)

しかし思っていたよりも私ははしゃぎ過ぎていたようだ。


「何を見てるんだ?」

後ろから声をかけてきたのはディエラだった。正直今は大切な鑑賞会の途中なのでそっとして欲しい。万が一私たちが見つかったりなんかしてこの先の展開が変わったりすると大変だ。


「ちょっと、今大事なところなんだから。」

そう私が振り返らずに手だけで状況を示すしていると彼は肩越しに覗き込んでくる。距離が近過ぎて見ているどころではなくなってしまう。 


「なんだ、ヴィクトル殿下はあの大型犬が趣味でいらっしゃるのか。」

その声は意外そうに思っているように感じられたが、驚いている様子はない。もしかしたら彼は思っているよりもキリアのことをかなり買っているのだろうか、と振り返ると

「どうした?」

ただ不思議そうに訪ねてくるだけであった。


(ま、そもそもディエラはこの世界の人じゃないしね。)

「なんでもないわ。」

と再び鍛錬場に視線を戻すと二人はなんだか良い雰囲気になっている。キリアの傷を手当てした後に彼は鍛え方などを教えているようだ。彼女は彼の地位に反して軟派なところに最初は警戒心を覚えるが、だんだん心を開いていくのだ。そしてヴィクトル殿下も――

「これ以上邪魔しない方が良いわね。」

いくら原作の場面を堪能したいとは言え、彼らだって生きている人間だ。じろじろと何でも覗かれていて良いわけがないのだ。私はその場に背を向けて教室へと戻ろうとする。


「君は何がしたかったんだ?」

未だにディエラは不思議そうに私を見ている。

「幸せそうな二人を見ると私も幸せそうになれるでしょう。」

それはオタクにとってごく普通のことだ。なんでもないことのように答えると

「君自体が幸せになるのではなく?」

いつも以上に突っ込んで問いかけてくるので不思議だ。

「それはそれ、これはこれなのよ。私は別にキリアさんになりたいわけじゃないし、ヴィクトル殿下に見初められたいわけじゃないわ。」

この言葉を発し、やっと気が付いた。もしかしてディエラは彼の父親が言っていたように私が殿下に鞍替えすることを不安に思っているのではないだろうか。私の中では到底あり得ない話だったが、もしかして彼はその可能性を排除しきれないのではないだろうか。


(感情論ではなくて政治として考えるとあり得ない話じゃないから。でもそれでも……)

自分からあえて言うのは躊躇われた。もし考え過ぎであったなら、どうすれば良いのだろうか。


「そうか。君は欲がないんだな。」

どうやら彼は自分で納得したようだった。


(どうしよう、オタクなんて基本的に煩悩まみれの生き物なのに。変な方に勘違いしちゃったみたい。)

それでも変に言い訳すると余計にややこしいことになってしまいそうだったので

「そうなのかもね。」

とただ笑って返事をすることにした。私にとってディエラは成果主義者だと思っていたが、寧ろ彼の方が欲がないように思えて仕方がない。何かしたとしても返せなんて言ったりすることはないし。不思議だった。


「あ〜、キリアさんに春がやってくるのね。秋だというのに。」

小さく呟く。この頃のメルユールは一体どんな気持ちだったのだろうか。心に手を当てて考えてしまう時があった。


数日後――。

今か今かと待ち構えていたが、ため息ばかりついていたキリアがやっと私の前で口を開いたのだ。

「私、気になる人ができたんです。」

口を尖らせて恥ずかしそうに少しずつ喋ろうとする彼女はとても可愛い。

「でも私には荷が重いっていうか、まだ好きとかよく分からないですし……」

彼女はそう話して私を見つめていたが

「メルユール様は好きな人ができたらすぐに好かれちゃいそうですよね。とてもお美しいから。」

と花が咲いたような微笑みを浮かべる彼女は逆に腹立たしいほどだった。


(それだよ、それ!悪役令嬢にはそれができないんだよ。)


「どうかしら。でも殿方はきっとキリアさんみたいな可憐な女性が好きな方が多いと思うわよ。」

そう笑いかけると彼女はちらりと隣の席の方を覗き見た。しかしあえてお互い何も言わないようだ。正直今は二人を会話させるのを避けたいと思っていた。キリアがどんな選択をしたとしても、ヴィクトル殿下と結ばれる道を防がれることだけは避けたいのだ。もしかするとディエラが政治的な目的で彼女じゃない人物を推し進めるとなると私は賛成できない。また現時点で彼女に余計な負担や心配を吹き込まれてしまうことも避けたいのだ。


その心配は無用だったかのように彼女とヴィクトル殿下は仲を深めているようだった。

「メルユール様、失礼を承知でお聞きしても良いですか。」

改まったように彼女は尋ねてくる。


「どうしたの?」

と問いかけると

「王子様と結婚すると考えた際に、不安はありませんでしたか。」

そう返ってくる。思っていたよりも直球な言葉に驚いてしまう。


(もう婚約まで話が進んでいるの?)

実際原作では二人の恋愛はどんな時間軸で進んでいるのかあまり描写されていなかったので伝わりづらかったが、思っていた以上に短い時間で絆を築き上げていたようだった。


「殿下はどれほど時間がかかっても待つからっておっしゃってくれているんですけど……私なんかにそんな権利があるのかなって。だってもっと殿下には生まれが良かったり、カリスマ性があったり、美しかったり、どんな要素においても魅力的な人がいるじゃないですか。その中で私を選ぼうとしているだけでも驚きなのに、そのために時間まで使ってくださるなんて。」

行き場のない手が制服のスカートに皺をつけるように丸められている。同じように顔にも皺が入ってしまう。泣かないように必死に我慢しているようだった。

「確かに殿下のことを好きになってしまったみたいです。……こんなに私のことを分かってくれる人に出会ったことがなかったから。」

彼女の能力はすごく特別なものだ。いくら周囲の人々が優しくても、理解されず傷つけられたりする機会は人よりも多かったはずだ。

 

「でもそれなのに、殿下が殿下じゃなかったらどんなに良かっただろうか、と考えてしまう私がいるんです。」

それでもこんなにもキリアは自身の恋心に苦労していたと言うのか。私はそのほんの一部しか知らなかったという事実を突きつけられている。  


「私は……」 

話し始めようとすると彼女は身体をこちらに向けて真剣な目で見つめてくる。喉を小さく鳴らした。

「確かにサンドル殿下がもし王子様じゃなかったら婚約していたかもしれないわね。」

私にこの世界の記憶がなければ彼の甘言に騙されていたに違いない。継承権争いという土台がなければ何も疑う余地はないのだ。しかし人は理由がどうであれいくらでも傲慢に強欲になれるものだ。身分は後からついてくるものに過ぎない。

「人は自分を見出してくれる人に意味を探してしまうものよ。でも自分の知らない能力を本質まで見つけてくれる人はなかなかいない。私にとってサンドル殿下はそうじゃなかったの。」

できるだけ彼女を安心させるように微笑んだ。

「どう?ヴィクトル殿下はあなたの中に何を見つけ出したの?」

大切なのはそれだけじゃないはずだ。

「あと……あなたがもしヴィクトル殿下の中に何か素敵なものを見つけられたら答えはもう決まってるんじゃないかしら。」


(メルユールじゃなくて私、本当の私を見つけたのはあなただよ。キリア。)

好きな小説のキャラクターだからじゃなくて心の底から幸せを願っているのだから。


「メルユール様!ありがとうございます!」

彼女は突然立ち上がると

「ちょっと殿下を探してお話ししてきます。本当にありがとうございます。ごめんなさい!」

猛スピードで走り出した彼女はあっという間に見えなくなってしまう。


(上手くいくと良いけど……) 

原作のことを思い返していたが、これからの展開がなんとなくしか思い出せなくなっていることに少し恐れを感じていた。

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