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11.知らない物語

 夏季休暇を迎え、キリアがすぐに実家に帰る予定であったのでそれに着いて行くことになった。

原作から離れた場所でゆっくりできるのは楽しみであったが、申し訳ないほどに頭の中は婚約のことでいっぱいだった。


「メルユール様が実家に来てくれるなんて嬉しいです。」

と彼女は馬車の中で言い続けていた。

 

小説ではキリアの家族の話は必要最低限のみの登場であったため、実際気になっていたのだ。

また、彼女が自身の母親に私に似ているということを何度も言うので会ってみたいとも思っていた。

 

ベリタス領の屋敷に到着すると、そこから出てきたのは彼女にそっくりな優雅なご婦人だった。

(絶対私に似てないと思うんだけど……)  

困惑しながらも挨拶をすると


「いつもこの子が迷惑ばかりかけてるでしょう?本当にありがとうございます。ほら、ちゃんともてなすのよ。お菓子もあるから。」

と見た目と反して早口で捲し立てて始めるのだ。


(うーん、ちょっと分からなくもないかも。)

そんな感じで少し意外で面白かった。この方が剣士であるというのも想像ができない。

ただこんな風に原作に登場しない人物と話すたびにこの世界は存在していて、小説の中にいるのではないような気がしてくるのだ。


(一体何が正しいんだろう。)

原作が終わればこの世界は跡形もなく消えてしまったりするのだろうか?

それとも一からやり直しなのだろうか?

そんなことを考えると少し怖くなった。ただこの世界でもう孤独ではなくなったことが幸いだと思えた。

この幸せを守るためにも私は前に進んで行かなければいけない。 


そのようなことを考えながら、キリアと話したり、鍛錬する姿を眺めたりしていた。

三日間の滞在はあっという間に終わってしまった。

  

「……まだもう少しいてくれませんか?」

そう頼んでくる彼女は可愛らしかったが、私には次の用事があったのでその要望には応えられない。

 

「休暇なんてすぐ終わっちゃうでしょう?また学園で会いましょう。」

と言ってできるだけクールに別れた。私も寂しくなってしまいそうだったのだ。 

 

私は馬車に乗り込み、そのままソラネル領へと向かうことになった。

ディエラとは屋敷で待ち合わせることになっているのだ。


そんな中、ふと彼女が話していたことが思い出される。

「私、恋とかいいのでとりあえず婚約したいです。結婚したい。

でも剣術大会で優勝したせいで余計に男の子たちが遠のいてしまった感じがするし、どうしたらいいんでしょう?」 

それは大変主人公らしい悩みであった。


(大丈夫、きっとそれは叶うはずだから。)

これから先起こることを知っていることというのは悲しいことも多い。

ただ、それ以上に良いことですらも周りに言うことができないのは辛いなと改めて思ったのだ。  


「もし話がまとまったらキリアさんにどう伝えればいいんだろう。」

出てきた独り言はとても贅沢に思えた。まさか転生してこんなことが起きるとは想像もしていなかったのだ。

私はそんな人を救ってきたような徳も積んでいない。現状不思議なことだらけだ。


ソラネル領の屋敷に到着すると、既に彼の馬車が停まっていた。

私が馬車から降りようとすると彼は駆け寄って手を差し伸べる。

こんな夢のような瞬間が毎秒続いてしまったら一体私はどうなってしまうのだろうか? 


「メルユール嬢。ようこそ、ソラネル領へ。」

そう言われるとただでさえ高鳴っている心臓が驚いてしまう。


(何度見てもかっこ良過ぎる……) 


「ご招待頂きありがとうございます。」

と返すと

「まあ、そう固くならなくていい。」

そういつものように話し始める。そんな様子を見ると本当に私たちはちゃんと友人なんだなと思ってしまう。


「父上と母上は応接室で待っているようだから……客人というのに出迎えることができず申し訳ないが、部屋まで向かってくれるだろうか。」

私は驚いてしまう。いくら同じ爵位の立場だとしても彼の両親は侯爵であり、侯爵夫人なのだ。突然婚約者になりますとやって来る小娘に対してそこまで尽くすなんて想像もしていなかった。

「ふふ、気にしてないわ。ディエラさんはご両親のどちらに似たんだろう、と考えていたの。」

あぁ息をするように嘘を混ぜながら話してしまう。この世界に生きているとどこまで本音を言っていいのか分からない。知らないことも多いが、本来知り得ないことを知り過ぎている面も多いのだ。


「さぁ、私は深く考えたことなかったな。ぜひ自分の目で確認してくれ。」

彼は部屋の扉を叩き、そっと開いた。先に入室させてもらうと

「あなたがメルユール・セルヒーさんね。よろしくお願いします。」

私のよく知ってる女性が想像以上に優しい声で挨拶をした。『あなたを救えたら』でも登場した重要なキャラクターである彼の両親、ディエラのことが好きな私からするとかなり恨めしい存在だった。黒幕集団に脅されていたとはいえ、原作のディエラの精神状態を悪化させたのは彼らだ。

「はい、メルユール・セルヒーと申します。ディエラ様との婚約の承諾を頂きたく本日は参りました。」

私はできるだけ綺麗な挨拶をする。それを見ていた彼の父親は

「座ってくれ。」

威厳のある声で着席を促した。


こう実際見てみるとディエラは想像した通り母親によく似ている。そして少し神経質そうだったり厳しそうな部分は父親に似たのだろう。 しかし本当に良かった。彼に初めて会った時も思ったが、彼の両親の顔色が良さそうに見える。黒幕集団の設定がこちらの世界にまで反映されているということは無さそうだ。


「で、なぜサンドル殿下の寵愛を受けているお嬢さんがうちの息子と婚約をすることにしたのか教えてもらえるかい。」

意外だった。もっと貴族というものは本題にたどり着くまで多くの寄り道をするものだ。本質をすぐ求めてしまうのは下品とも捉えられかねない。しかし目の前にいる人物は侯爵なのだ。この空間を司っているのは彼なのだから。


(どこまで説明していいんだろう……)

そんなことを考えながら彼に視線を送ると好きに話せば良いと言わんばかりに目を細める。ここで爆弾発言なんてしたら困るのはあなただと言うのに。

  

「ディエラ様とは学園で友人になりました。席が隣ということもあり、深くお話をするつれに――ヴィクトル殿下の素晴らしさを教えていただきました。ですので――」  

ここまで話したものの何か間違っている気がする。空気が変になっていく。それにしても正しい言葉が見当たらない。真実とは何だろう。私がサンドル殿下に虐げられていること?それともディエラに好意を持っていること?


「ではサンドル殿下からヴィクトル殿下に鞍替えしようとは思わなかったのかい。」

その言葉に

「父上!」   

とディエラがすぐに嗜める。


「息子と婚約の準備を進めたはいいもののセルヒー家の心算は分からないだろう。うちと婚姻関係を結ぶ利益がそこまで考えられないのだ。確かにこちらはヴィクトル殿下を推し進める協力者ができたと思えるかもしれないが、それなら倅よりも殿下の方がまだ納得できる。所属派閥をひっくり返すのであれば。」

確かにそうだ。メルユールの実家は長く王室と近しく、彼らを支えてきた。突然距離を置く方がおかしいのだ。


私は膝に置いた手を握った。手袋の下の傷はもうないものの私の心を痛めつけ続けている。これを話すべきだろうか、それでもあまりにも私的な問題をこの議題に上げたくなかった。


「私が望んで求婚しました。」

ディエラは真っ直ぐと両親を見て宣言する。確かに間違いではなかったが、その言い方は確実に勘違いされてしまうに違いない。

「家に迷惑はかけたくありませんでした。しかし彼女と友人でいたいがための行動が、サンドル殿下との関係に問題を起こしました。彼女にも迷惑をかけてしまったので責任を取らせていただきたいです。」

それは彼が話せる最大限に誤魔化した私との物語だ。

「お前はそれで良いのか?」

そう問いかけた父親の隣では母親は心配そうな目で見ていた。結局私のために彼の人生を犠牲にするようなものだ。こんなことはおかしいと声を上げようとしたが

「はい、私は幸せです。」

私に笑いかける彼の顔を見て口を噤むしかなかった。


(なんて幸せな時間なの……) 

彼は何かその後に両親と話していたが私はそのあまりにも衝撃的な瞬間に浸ったままだった。

「ではディエラを頼んだぞ。」

最後にはそう伝えられたが、彼の両親共に先ほどの彼を思いださせるような笑顔を浮かべていた。


彼に屋敷の案内をしてもらっているとソラネル家自慢の中庭が目に入ってくる。色とりどりの花が美しくてまるで箱庭のようだった。そこには妖精がいて――妖精?

「ジゼル。」

彼にそう呼びかけて振り向いたのは彼にそっくりな女の子だ。


(あぁ、本当に良かった)  


「妹だ、これでも10歳なんだ。成長が遅い方だがすごく元気で私よりも賢い。」

と自慢をする。彼女は微笑んで

「お兄様の奥さんですか。」

そう尋ねてくるのだ。


「ちょっと早いですわね。」

笑って答えたが泣きそうだった。なぜなら原作では彼女が不治の病だったがために黒幕集団に脅されていたのだ。そしてディエラは心の底から彼女を大切にしていた。


(あなただけじゃなくてあなたが幸せを望む人がみんな不幸じゃなくて……) 

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