注文の多い運命論者
薄暗い空間の中央に、簡素な机と椅子が二脚。
向かい合って座る男と、もう一人の「どう見ても神さま」な存在。
男は深々と頭を下げた。
「神さま。恋愛の相談があります」
神さまはため息まじりに、だるそうに首を振る。
「お~い、どう見ても神さまだろって空気感合わせろよ……」
「神さまですよね?」
「神さまだよ!」
男は目を輝かせ、身を乗り出した。
「オレの理想の運命の出会い構図を聞いてください」
神さま、一瞬、は? という顔になる。
「……聞かねえよ」だが男は止まらない。
「立食いうどん屋です。平日のランチタイム。
列がぐちゃぐちゃに混み合って、誰がどこまで進んでるのかもわからない状態。
同時に注文のタイミングが重なって――」
神さまは手を上げて遮った。
「はいはい、図書館で同じ本に手が触れるやつの、うどん版な」
「そうです! それで、その運命が訪れたとき、どう対処すれば運命を確実に掴めるか、神さまと一緒に考えてください」
神さまはしばらく無言で男を見つめ、やがて諦めたように立ち上がった。
「……じゃあ、オレが注文受付係やるから、並んでこい」
机を少しずらし、即席のカウンターに変身させる。
神さまはカウンターの向こう側に立ち、男は列の最後尾に並んだ。男は独り言のように呟き始めた。
「オレの名前は一条司。香川県さぬき市出身。実家は代々讃岐うどん屋をやってまして。讃岐うどんは生醤油でこそ、麺の香りとコシが――」
「いーいーいーい! そういう自己紹介いらねえから! 出会ったところからでいいだろ!」
「うどん愛は外せません」
神さまは額を押さえ、ぼそっと漏らす。
「……ってかお前、香川出身じゃねえだろ。博多とんこつラーメンの街生まれ、サラリーマンの息子、田中ハンジロウだろ」
男は完全に無視して芝居を続行する。
「平日ランチタイムのうどん屋、列が混んでるな……」
神さま(注文係モードで)「真っ直ぐ列に並んで、順番に注文してくださ~い!」
男は周囲を見回す演技。「ザワザワしてて、どこまで注文終わってるかわかんないな……」
そして、運命の女性の声を真似て、高めのトーンで。
「あれ? ごっちゃになってきた~」男は小さくガッツポーズ。
「きたか……よしっ」
女性の声(再び)「あっ、わたしの番ね」
そして二人の声が完全に重なる。
「カレーうどん」
神さま、即座にストップをかける。
「ストーーーップ!
・・・生醤油でいくのが一番じゃなかったのかよ!」
男は若干飄々とした表情で肩をすくめる。
神さまは目を細めて男を睨む。
「思想は生醤油、欲望はカレーか。お前、理想と注文が完全に別人だな」0.5拍の間。
「発言は讃岐、行動は下北」
「やり直し! はい、注文どうぞ~」
男は今度は胸を張って。
「特盛うどん、全部のせ!」
女性の声(即座に)「あっ、一緒」
神さま、即ツッコミ。
「一緒じゃねえよ! よくそんな自分に都合のいい想像できるな! 全のせ特盛うどんは女子の語彙じゃねえんだよ!」
「でも運命なら、そこを超えてくるでしょ」
「超えねえよ。運命はカロリーに挑まねえ。んで、なんでお前そんな強気なんだよ」
「運命だから!」
「夢見がちだな……」
男はさらに妄想を加速させる。
「偶然ですね、僕も『大盛うどん全部のせ』が好きなんです。うどんの風味が活きてくるというか」
「死んでるだろ! お前、うどんを敬いすぎて、天ぷらという脇役をずらっと並べてるけど……主役の座、完全に奪われて立派な天ぷら御前になってるからな!」
女性の声
「あ、あの、実は……司さんの理想の運命の出会いを噂で聞いたことがあって、後ろに並んで同じ注文しちゃいました」
神さま、冷ややかに。
「それを世間では何て言うか知ってるか?」
「運命」
「(被せるように)妄想大暴走!!」
神さまはもう限界だった。
「大体な、一条司なんて名前からして嘘っぱちじゃねえか、田中ハンジロウ!」
すると男が急に女性の声で。
「えっ? 田中ハンジロウさん……?」
神さま「誰だよ!」
女性の声、解像度が急上昇。
「実家の近所に住んでいた、あのハンジロウ君? 私、うどん屋の娘のサキです」
「急に解像度の高い幼馴染出すな!」
男(一条司モードに戻って)「サキ……! ずっと、生醤油みたいな純粋な君を探してたんだ」
「天ぷら御前食ってる口で言うな!」
男は急に真顔に戻り、神さまを見据えた。
「神さま、これが運命です」
神さまもまた、真剣な表情で返す。
「……お前、もし外に出て、本当に『サキさん』がいたらどうすんだよ」
男、静かに。
「いや、怖いでしょ」
神さま、盛大に。
「お前が一番怖いよ!!」
空間に、乾いた笑いとため息が響いた。
神さまは肩を落とし、ぼそっと呟く。(……神さまって言いながら、ただの同僚なんだけどな)
誰も聞いていないその言葉は、うどんの湯気のように、静かに消えていった。




