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親父のギターラプソディ

作者: 蓮空虎太
掲載日:2025/12/19

親父が死んだ。


59歳。


突然の心筋梗塞だった。


俺はちょうどこの春から、実家を出て一人暮らしを始めたばかりだった。


母も5年前に癌で亡くなっていた。

大好きだったミニチュアダックス2匹を残して。


当時俺は高校2年生で、以後俺と親父は父子家庭となった。


母親の死後、親父は慣れない家事をしながら仕事をし、俺を育ててくれた。


親父には感謝しかないけど、2人きりになった以降は俺も年頃のせいか、親父と一緒に過ごす時間は減っていった。


「男なんてそんなもんだ」


と親父は言って、食事と風呂以外部屋にこもっている俺に何も言わなかった。


俺が知っている親父は、朝は俺より早く出勤して、帰りは遅いという典型的な昭和のサラリーマンだった。


それでも俺が部活なんかで遅くなったりする時は迎えに来てくれた。

その時はあまり思うこともなかったけど、色々やりくりしながら対応してくれてたんだろうなって、今になって思う。


親父の若いころの話は、小さいころ聞いたことがあったが、あまりちゃんとは覚えていない。


真面目がスーツ着て歩いているような晩年の親父とは別人のような奔放な生き方をしていた頃があるということを、なんとなく母が言っていたような覚えはあった。



かくして俺は天涯孤独となった。


まるで嵐のような目まぐるしさで親父の葬儀が終わった。


何もかもわらかないことだらけの中、短時間であれこれ決めて対応していかなければならず、悲しいとかの感情に浸る暇もなかった。


やっと葬儀が終わり、親父と過ごした実家に戻ってきた。


主のいなくなった家。

俺も十数年を過ごした家だが、ガランとして凄く広く感じる。


「あ、あの子達迎えにいかなきゃな...」


この家に入ると必ずあるお出迎えがないこともこの家の寂しさを増長していた。


「親父が死んだこと、あの子達理解できるかな...」


そう思いながら、親父の部屋に入った。


遺品整理などまだまだ先でいいけど、なんとなく親父を感じられる何かに触れたくて、無意識に足を運んでいた。


親父の部屋は、まるで亡くなることを見越していたかのように、整理されていた。


ウォークインクローゼットの半分は地味な色合いのスーツで占められていた。


「親父らしいな」


そんな言葉が思わず口をつく。


親父は部屋着のスウェット姿かスーツ姿の印象しかない。


ふとクローゼットの奥にある物に目が止まった。


「ん、これは...?」


手に取って引っ張り出してみた。


長いこと触っていなかったのだろう。

クローゼットの中でもホコリが積もっていたそれはギターだった。


“Ibaneze”


ケースにはそのブランドロゴが書かれていた。


「そういえば親父、昔はバンドやってたって言ってたな。」


小さい頃確かに親父がそんなことを言っていた記憶が蘇ってきた。


ホコリを“フー”っと吹き飛ばしながら、俺はギターを取り出し親父のベッドに座ってそれをケースから出してみた。


外に向けて色が濃くなるワインレッドのグラデーションが美しいエレキギターだった。


ギターの弾き方はわからないが、弦を軽く撫でてみると、渋いようなあまり美しくない音が鳴った。

弦は錆び、チューニングも狂っているようだ。


「いつ頃の物なんだろう?そういえば随分小さいころ一度これを爪弾いているの見たことあるような気がするけど...」


ギターを触りながら堅物と思っていた親父の俺の知らない一面を想像した。


なんとなく、覚えてる。

親父は70年代から80年代のロックをよく聴いていた。

QueenとかStonesとか、後の時代でもCMで使われる曲は、大抵親父の車で聞いたことがある曲だった。


親父が大事にしていたこのギターを綺麗にしてやりたくなった。


翌日、この田舎町では唯一の楽器屋に親父のギターを持って行ってみた。


楽器屋に入るのも初めてだったので、ちょっと場違いな気がして緊張した。


午前中ということもあり、店内には誰もいなかった。


店員さえいない。


俺は手持無沙汰になり、展示しているギターをなんとなく眺めながらブラブラしていた。


その時、いつの間に来たのか、金髪でロン毛だけど、年齢は結構いってそうな店員が声かけてきた。


「いらっしゃい。試し弾きしたかったら気軽に言ってね。」


怖そうな外見とは裏腹に気さくな語り口だ。


その態度に、こっちの警戒感も和らいだので、思い切って言ってみた。。


「あの~、弦を買いたいんです...」


そう言うと金髪の店員はシゲシゲとこちらを見た。


「そのギターの?」


「はい」


「オッケー。どこのメーカー?何ゲージ?」


「あ、俺ギターわかんないんです。」


そういうと金髪さんは不思議そうな顔をした。


「じゃあそのギターは?」


「これ、死んだ親父が残したもので、随分長いこと触ってなかったみたいなんで、綺麗にしてあげたいなと思って...」


「ふ~ん、そっか。それは大事な形見だね。じゃあちょっと見せてよ。」


そう言われて俺は肩に担いでいたギターをケースごと金髪さんに渡した。


「どれどれ...」


そういいながら金髪さんは手慣れた手つきでケースのジッパーを開け、ギターを取り出した。


瞬間、ハッするのが傍目にもわかった。


「君のお父さんって、ひょっとしてジロウちゃん?」


「え、ジロウ?父は健人ですけど…」


「あぁ、えっとね、キミ苗字”坂上”じゃない?」


「そうです。どうしてわかったんですか?」


「いや、君の年頃じゃ知らないと思うけど、俺らの若い頃はさ、坂上っていったら二郎だったのよ。コント55号って知らないだろうな...」


コント55号の名前くらいは知ってた。


「それで自然と皆ジロウって呼んでたんだよね。」


そう言うと金髪さんは微かに笑った。


「父を知っているんですか?」


「知ってるも何も…」


今度は金髪さんが絶句していた。

絶句しながらも手にしたギターを懐かしそうに上から下まで、さらにひっくり返して眺めている。


「…そうか。ジロウちゃん亡くなったんだ。でもまだ若いよね。事故か何か?」


金髪さんはギターを見つめたまま問いかけてきた。


「いえ。心筋梗塞で。俺も突然だったんで、全然実感わかないんだけど。」


「そうなんだ…。もう何年も会ってなかったけど、ジロウちゃんヘビースモーカーだったからその辺が原因なのかね?」


親父がヘビースモーカー!?


俺の知る親父は、酒は付き合い程度、たばこは一切やらない人で、俺にも「酒はいいけどたばこだけは絶対にやるな」って言っていた人だった。


ここにも俺の知らない親父がいた。


「いえ、俺の物心ついてから親父がたばこ吸ってるの見たことないです。」


それを聞くと今度は金髪さんが目を丸くして驚いていた。


「へ~、あのジロウちゃんがたばこ辞めてたんだ。」


その驚き様から、よっぽどたばこ好きだった事が読み取れる。


「きっとキミが生まれたから辞めたんだろうね。」


ぼそっと呟く金髪さんの言葉が胸に深く刺さった。


最近の親父との関係は、必要なこと以外会話らしい会話もなく、親父は俺の事毛嫌いしているんだろうなって、勝手に思っていた。


でも生まれた子供の為に大好きだったことを辞めるほど、俺の事考えてくれていたんだって思うとグッとくるものがあった。


「じゃあ、このギターに張ってるのと同じ規格の弦張ってあげるよ。確かジロウちゃんはアーニーボールのスーパースリンキー08だったような。」


金髪さんはカウンタ―に入り何やら弦を物色しながら「今日は時間ある?」って聞いてきた。


親父の死後の手続は色々残っていたが、特に今日どうしてもやらなければならないことはなかったので、「大丈夫です。時間はあります。」と答えた。


「そっか。それなら午前中は客も少ないから、このギター少し手入れしてあげるよ。ジロウちゃん長いこと使ってなかったみたいだし。」


そう言って微笑み返してくる金髪さんに、「お願いします」と自然に答えていた。


「よ~し、でもその前に。確か取ってあったと思うんだけど。」


そう言うと金髪さんは倉庫に入って行った。


音楽の世界は縁遠かったので、楽器屋の雰囲気が何とも新鮮だった。


店内には楽器や楽譜、その他何に使うかわからないような物がたくさん置かれていた。


(これが親父の青春時代の風景なんだな...)


そんなことをぼんやり考えていた。


待っている間、若い女性の店員が2階から降りてきた。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


そう言われると俺はちょっと戸惑いながら、


「いえ、あの金髪の店員さんが奥に入って行ったの待ってるんです。」


「金髪!」そういうと女性は吹き出した。


「ホント、いい年してもう金髪なんてやめたらって言ってるのに、『俺は世の中誰も金髪にしてない頃からやっているんだ』って言ってね。ずっとあのスタイルなのよ。」


「筋金入りなんですね」


そう言うと店員さんも笑いながら言を継ぐ。


「ね~。でもとってもいい人よ。楽器や音楽の事でわかんないことあると何でも教えてくれるから、色々聞くといいわよ。あれでも一応店長だから。」


「あれでもはないだろう。」


そう言いながら金髪さんが倉庫から出てきた。


手には昔ながらのラジカセとカセットテープを持っていた。


「店長それ何ですか?」


女性の店員が聞くと、金髪さんは嬉し気な微笑みを浮かべながら、ラジカセをコンセントに差し、カセットを入れ巻き戻し始めた。


そしてそのカセットのケースを俺に差し出す。


それを手に取って見ると、いかにも手作り感のある自家印刷に「Peacemaker 1st」と書かれていた。


「これは?」


俺が聞くと、金髪さんは


「親父さんが高校生の頃出していた自主製作のデモテープだよ。この界隈じゃちょっとした人気だったんだぜ。」


驚いた。ちょっと楽器を齧っているいる程度かと思っていたら、結構本格的に活動していたんだ。


やがてテープが巻き終わり、プレイボタンが押される。


靴音がコツコツなる効果音から、ドラムのフィルインが入りエネルギッシュなアップテンポのリフが続く。


「え、カッコいい!」

女性店員が思わず口にする。


確かに、もう30年以上前の地元の高校生が自主制作したレベルにしては秀逸のカッコよさが伝わってきた。


「このギター弾いてるのが親父さんだよ。」


金髪さんが嬉しそうに教えてくれる。


「え~、本当に父がこんな...。自分の知っている父とは全然違います。」


そこには、俺という存在などまだいない、親父自身がまだ夢を持った少年だった頃の姿があった。


そういえば親父はよく俺に

「お前夢はないのか?ご立派な夢じゃなくても、バカみたいなものでも。」

って聞いてきてた頃があった。


俺はどこにでもいる平凡な男子で、勉強でもスポーツでも突出したものを持っていなかったのもあり、何につけても自信が持てない少年だった。


なので、親父にやりたいこととか夢とか聞かれるのが苦痛で、ある時


「そんなもんない!父さんみたいに平凡なサラリーマンでいいんだよ。」


って答えたことがあった。


それ以来、親父は俺に夢を聞くことがなくなった。


だけど、親父はただの平凡なサラリーマンじゃなかった。


経緯や結果はわからないけど、確かに若い情熱を燃やして、夢に向かっていた頃があったんだ。


古びたカセットデッキから流れてくる、エネルギッシュな曲が、時代を超えて俺に語りかけてきているようだった。


「息子よ、夢を見ろ!一度の人生燃やし尽くせ。」


きっとそう言いたかったけど、俺が拒絶してしまったがために言えなかった親父の真意が、今曲を通じて俺に語りかけてきているようだった。


「大丈夫?」


金髪さんが心配そうに顔を覗きこんできた。


俺は気づかないうちに涙を流していた。

もっと親父とちゃんと話しておけばよかった。

そんな思いが溢れてきていた。


「親父さん、かっこいいだろ?」


金髪さんが聞いてくる。


「はい。俺の知らない親父がこんなにかっこよかったなんて、知らなかったです。」


俺の知らない親父の世界は、キラキラと輝いていた。


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