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薄命の月華と呼ばれましても~あやかし後宮成り代わり譚~  作者: 真崎 奈南
第二幕、皇后候補になりました

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嵐の前の平穏さ1

 翠蘭すいらんが後宮入りしてから、もうすぐ一週間が経とうとしている。


 窓からそっと吹き込んできた風が、卓に置かれた香炉から立ち上る煙をゆらり揺らす。


 目を閉じた状態で耳を澄ませば、楽しそうに囀る小鳥たちの声が翠蘭の耳に届けられた。


 そんな中、忙しない足音が部屋へ近づいてきたのに気づいて、翠蘭は気だるく瞼を持ち上げた。


「翠蘭様、そろそろお時間……ちょっ、起きてください!」

「んー……ちゃんと……起きています」


 翠蘭が寝台に上半身だけ突っ伏している状態で微睡みながら答えると、明明めいめいが慌てた様子で一気に歩み寄る。


「今から二胡にこの指南を受けるのですよ! しかもなんと、今日は煌月えんげつ様がお見えになるという話です。お急ぎください」


 明明に肩を揺すられて、ようやく翠蘭は体を起こす。床にぺたりと座り込み、大きなあくびを袖で隠した。


「煌月様、お忙しいでしょうに大変ですねぇ」


 袖で口元を押さえつつ、どこか他人事のように翠蘭が呟くと、明明が苦笑いでぼやいた。


「頼みますから、しゃきっとしてください。眠すぎて半目になっている顔を煌月様にお見せするわけにはいきませんから」

「努力するわ」


 そう言いつつ、翠蘭は再び大あくびをした。


 実は後宮入りしたその夜から、翠蘭はあまり眠れていない。


 それは夜な夜な悪鬼あっきが翠蘭の元にやってきて悪さをする……からではなく、悪鬼が自分の元にやって来るのが待ち遠しすぎて眠れないのだ。


 悪さをしない幽魂ゆうこんは何度も姿を見せるが、一週間が過ぎても、まだそれらしき悪鬼は現れていない。


 そのため、悪鬼による実害はないのだが、そわそわしながら今か今かと待ち構えている翠蘭の睡眠時間は削りに削られていき、昼夜逆転生活に片足を突っ込んでいる状況である。


 そんな翠蘭の状態をしっかり把握している明明が呆れ顔を浮かべていると、「失礼します」と紅玉こうぎょくが部屋に入ってきた。


「煌月様のご予定に合わせて開始時刻が早まりました。すぐにご出発を」

「……そうですか……わかりました」


 翠蘭はふうっと息を吐いてから立ち上がるものの、足元がふらつき倒れそうになる。


 慌てて明明が手を伸ばし、翠蘭をしっかりと支えた後、「しっかりしてください」とため息交じりに注意を促す。


 その様子を見ていた紅玉が、しばし躊躇ってから、思い切るようにして口を開いた。


「あの……翠蘭様、ここ最近顔色が優れませんよね。環境が変わって疲れが出てしまっているのではありませんか? 今日はお休みするというのは、やはり難しいのでしょうか?」


 たとえ皇后候補たちによる最終決戦から脱落したとしても、この場に残れたという事実は、次に行われる四妃選定で有利に働く。


 しかし逆に、問題を起こすなど、なにか汚点を残してしまった場合、四妃の候補から真っ先に除外されるのだ。


 今の時点では、精神を病んで後宮を辞した朱家の娘がそれに当てはまる。


 他には時間を守らない、課題に前向きに取り組まない、後宮から抜け出す、隠れて異性と逢引するなど、問題は大小様々ではあるが、皇帝の妃に相応しくないとみなされてしまえば、四妃への未来も閉ざされる。


 煌月が顔を出すとわかっていながら休むのは翠蘭に不利に働く可能性があり、そうなれば、紅玉も不利益をこうむることにつながる。


 仕えている主が四妃になると、女官としての地位も上がり、給金も増えるため、その恩恵を手にすることができするのだ。


 それをじゅうぶん理解しながらも、紅玉は翠蘭の状態を見過ごせなかったらしく、躊躇いと不安入り混じった顔でそう提案したのだ。


 翠蘭はわずかに目を瞠ったあと、嬉しそうに微笑む。


 皇后はもちろん、四妃の座も欲しいと思わないが、紅玉の心遣いはとても好ましく思えた。


「決して万全ではないけれど、平気よ。この程度は問題ない。紅玉、心配してくれてありがとう」


 翠蘭から感謝の言葉をかけられ、今度は紅玉が目を大きく見開いた。


「と、とんでもございません!」


 気恥ずかしそうに頬を赤らめた紅玉を、翠蘭はにこやかに見つめていたが、明明が容赦なく横から口を挟んだ。


「すぐにご準備を! のんびりしている時間はありませんよ」


 それに翠蘭は「はあい」と気の抜けた返事をし、のんびり動き出した。




 二胡を持った明明と紅玉を後ろに従えて、翠蘭は庭園の隅に建っている六角屋根の東屋を目指して進んでいく。


 遠目で東屋を見ると、きん家、こう家、ちょう家の候補者三人と講師だけでなく、煌月の姿まで確認出来た。


 勢ぞろいしている上に、すでに二胡の音色が聞こえてくる状況にも関わらず、翠蘭は少しも焦ることなく、東屋に向かっていく。


 軽く頭を下げながら六角屋根の下へ入っていくと、高(しょう)りんが二胡を奏でていた。


彼女の両隣には金雪玲(しゅうれい)と張家の娘が座っていて、退屈そうに二胡の音色に耳を傾けている。


 そして、彼女たちと距離を置くようにして、奥側の台座に煌月が座していた。


 彼はやはり忙しいらしく、傍らに佇む宦官から、真剣な様子でなにか報告を受けている。


 そんな彼らよりも、翠蘭の興味は笙鈴へ注がれていく。


(先日、宮で聞いた時も胸を打たれたけど、本当に笙鈴さんはお上手だわ。みなさん熱心に聞いていないご様子なのが、もったいないと思えるくらい)


 翠蘭は心の中でぼやきつつ、演奏の邪魔にならないように、雪玲の近くの空いている座面に静かに腰かける。


 すると、雪玲がぽつりと話しかけてきた。


「あなたはいつも遅れ気味だけど、煌月様を待たせるなんて信じられないわ。礼儀を欠いている自覚はある?」


 厳しい口調で雪玲に責められたが、翠蘭はちらりと雪玲に目を向けるのみで、特に表情を変えることなく笙鈴が奏でる優しい音色に浸り続けた。


 笙鈴が演奏を終えると同時に、翠蘭は拍手を送る。


 煌月も同調して手を叩くと、翠蘭の態度にむっとしかめっ面をしていた雪玲も、つられるように拍手をした。


 続けて、講師が雪玲を次の奏者に指名した。雪玲は表情を引き締めると、お付きの女官から二胡を受け取る。


 意識するように煌月を見つめてから、ひとつ深呼吸し、二胡を奏で始めた。


 張家の候補者は目を輝かせて雪玲の演奏を聞いているが、翠蘭は徐々に視線を落としていく。


(……上手いけど、私の心にはあまり響かない)


 そんな感想を持つと、眠気が一気に襲い掛かってくる。


 耐え切れず大あくびをしたその瞬間、わずかながら音程に狂いが生じ、翠蘭はハッとしたように雪玲へ視線を向けた。


 苛立った面持ちの彼女と目が合い数秒後、彼女に今さっきの大あくびをしっかり見られてしまったのだと気づかされる。


 退屈な演奏だと言わんばかりの態度で、彼女の怒りを煽ってしまったと悟り、翠蘭はそろりと視線をそらした。




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