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薄命の月華と呼ばれましても~あやかし後宮成り代わり譚~  作者: 真崎 奈南
第一幕、皇后候補選定に落ちました
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皇后候補選定試験1

 古より龍神の恩恵を受け、豊富な水源を有する青永(せいえい)国。


 国の北西にそびえるのは、龍神の住まう霊山として知られる白明はくめい山。


 その谷間から流れ行く白明大河を南へ辿っていくと、首都の遼陽りょうようが広がる。


 遼陽には白明大河から枝分かれした支流がいくつも流れていて、都の内外を船で行き来するのも可能とし、人々の大切な交通手段だ。


 白明大河の水は、上流では霊気を含んでいるとし神聖視され崇められている。


 その反面、首都まで流れ着いた頃には霊力は落ち、さらに水が濁っている箇所は日が暮れると悪鬼が姿を現し、水の中へ引きずり込まれると恐れられていた。


 遼陽の中心地には、権威と富を具現化したかのように広大で壮麗な斎南宮さいなんぐうがある。


 中大ちゅうだい門から城壁に囲まれた敷地の中に入ると、第十一代皇帝であるりゅう凱峰がいほうによって国政が行われている阿西あさい殿を初めとする多くの建物が目の前に現れる。


 さらに奥へ奥へと進んでいくと再び門が現れ、くぐった先は皇帝陛下や皇子がそれぞれ暮らす御殿と、皇后を初めとする貴妃きひ淑妃しゅくひ徳妃とくひ賢妃けんぴの五人の妃たちが生活する後宮へと通じている。


 それぞれが高い塀で仕切られていて、容易に行き来は出来ない。


 そして現在、斎南宮の雛綾すいりょう殿にて新たな女官選定が行われている。


 それは妃に仕える女官を選ぶという名目のもと行われている。


 けれど、左丞相さしょうじょうきん家や右丞相うしょうじょうこう家、その他、宮廷内で高い地位にいるちょう家やしゅ家など有力者の娘という顔ぶれから、皇后候補を選ぶための試験なのは明白だった。


 もちろんそれは、現皇帝である劉凱峰のためのものではない。


 四人いるうちの皇子の中で次期皇帝に最も近いとされている第一皇子、劉煌月(えんげつ)が十八歳となり、妃を迎えられる年となったのが理由である。


 通常、試験によって皇后候補は四人選ばれる。貴妃、淑妃、徳妃、賢妃の四妃のもとで学びながら、次期皇帝候補と交流を深め、最終的に皇后が選ばれる。


 皇帝の座が引き継がれた瞬間に現後宮は縮小され、新たな皇后による後宮が誕生することになるのだ。


 賢妃は十年ほど前に鬼籍に入り、その後、皇帝が新たな妃を娶らなかったため、今現在、後宮で暮らしているのは貴妃、淑妃、徳妃のみ。


 皇后候補は従来通り四名選ばれるのか。それなら賢妃の代わりとなる教育係は誰が務めるのか。それとも頭数を揃えて三名の選抜なのか。


 選ばれる人数は依然伏せられたまま、選定試験は粛々と進められていく。




 短歌を詠み、舞を踊り、水墨画を描く。二日に渡る試験によって百名近くいた娘たちは十五名まで絞られ、今、その十五人目の名前が呼ばれようとしていた。


「最後のひとりは……翠蘭すいらん


 翠蘭は伏せていた顔をあげて、ついさっき自分の名前を読み上げた試験官を黒目がちな瞳で見つめる。


(……ああ、呼ばれてしまったわ。面倒くさい)


 ここで試験が終わらなかったことに心の中でげんなりする。


 しかし、それを表情に一切出さないまま、翠蘭は胸の前で両手を組み合わせ、感謝の意を伝えるように頭を下げた。


「以上の者は、二胡にこを準備し、この部屋で待たれよ。十五分後に戻らない場合は失格とする」


 それだけ言って試験官がその場を離れると、通過者それぞれの関係者たちが二胡を渡しに続々と室内に入って来る。


 人々の流れをさらりと避けつつ、翠蘭はひとり静かに戸口に向かっていった。


(まあ、いいわ。十五分以内に戻らなければ済む話だもの)


 最終選考まで進めば役目を果たしたのも同然。予期せぬ問題に見舞われ、時間内に戻れなかったとしても、父に文句は言われないだろう。


 翠蘭が素知らぬ顔で歩を進める中、二胡を抱え持った背の高い男性が濃紺の裾をふわりと翻しながら室内に姿を現した。


 多くの娘たちは二胡の琴筒に描かれている鳳凰の見事さに目を奪われ、通り過ぎた男を振り返ったが、翠蘭だけは違った。


 二胡ではなく、男が着ている広い袖口の羽織りに施されている月と雲の刺繍に対して、目を輝かせる。


宮廷占術師きゅうていせんじゅつしだわ!)


 亡くなった祖父、今なお現役占術師の祖母、父や兄までもがそれを着ている。


 そのため羽織りは見慣れたものであるが、翠蘭にとっては憧れの象徴で、一気に胸が高鳴り出す。


 入ってきた男性は翠蘭に気づいて足をとめると、少しばかり嬉しそうな面持ちとなり、そのまま真っ直ぐ翠蘭に歩み寄ってきた。


「もしや、李翠蘭殿では?」


 突然自分の方に向かってきた宮廷占術師の男に翠蘭は見覚えがない。しかし、彼は自分を知っている様子であるため、困惑げに言葉を返した。


「はい、そうです。ええと、あなたは……」

「やっぱり! 静芳じんふぁん殿によく似ていると聞いていたので、ひと目見てすぐにわかりました」


 静芳とは、翠蘭の祖母の名前だ。翠蘭は男の屈託のない笑顔から二胡へと視線を落とし、琴筒に描かれている鳳凰の模様に気づく。


(……ああ、なんだ。金家の手先ね)


 理解すると同時に、翠蘭は袖で口元を隠しつつ、微笑みを浮かべた。


「祖母に似ていると、よく言われます」


 それに男は気圧されたように目を瞠り、数秒後、小さく笑った。


「似ているのはお顔だけではなさそうですね」


 昔から翠蘭は静芳の顔馴染みの者たちに、静芳の若い頃に瓜二つだと言われることが多かった。


 初めは見た目のことを言っているのかと思っていたが、どうやらそれだけではないらしく、霊力も含めてなのだと最近理解するようになった。


「……私は二胡を取りに参りますので、失礼いたします」


 軽く頭を下げながらの翠蘭の言葉で男も自分の役目を思い出したらしく、金家の娘の方をチラリと振り返った。


 試験を突破した際に必要になる二胡は、試験管の監視下の元、出入りの制限された部屋で管理されている。


 通過者の名前が発表されると同時に、自分でその部屋まで取りに行くか、もしくは、待機中の親族や関係者が代わりに取りに行き、この部屋で二胡を受け取るという流れとなっている。


 兄がその役目を引き受けようと言ってくれたが、それを翠蘭は丁重に断った。


 忙しい兄の手を煩わせるため気が引けると言い張ったが、万が一、最終選考に残ってしまった場合、逃げ道を確保するというのが一番の理由だ。


(さっさと部屋をでないと)


 のんびりしている暇はない。金家の男の前から離れようとした時、周囲に一際大きなざわめきが起きた。


 翠蘭と金家の男の視線は自然と戸口の方へ向けられる。


 濃紺の宮廷占術師の羽織りを纏った男がもうひとり、二胡を両手で抱え持ち、室内に入ってきた。


 その男の整った容姿に対して、娘たちが色めきだっているのだ。


 娘たちの視線を一身に浴びているその男も、翠蘭と目が合うと、一気に近づいてくる。


「翠蘭、おめでとう。まあ正直、翠蘭なら最終まで残ると思っていたけどね」


 爽やかな笑顔で計画を台無しにした兄の汀州ていしゅうに、翠蘭は口元を引きつらせつつ微笑み返した。




以降も毎話、キャラクター、地名など、ふりがなを入れております。

作者用です。ご了承くださいませ。

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