17 侍女になります(1)
これから、シュリナとユニカも参加して、色々ある予定です。南荒、金羽へ出張するかも?
「ああぁ、やっと終わった〜」
リーユエンは最後に残った書類に却下理由を書き終えた。
「ウラナ、その理由書全部稟議書へ添付して、伝奏部の役人へ取りにこさせて」
そう言うと、彼は寝台の背もたれ用の枕に寄りかかり、ウラナが用意したすっかり冷え切ったお茶を一気飲みした。それから、寝台へごろんと転がり、
「もう疲れたから寝る」と言って、目を瞑った。
ウラナが書類整理の手を止め、慌てて近寄り「明妃、お食事をちゃんと摂ってくださいませ」と、起こそうとしたが、
「起きたら食べるから、もう疲れたから寝させて・・・」といい、もう寝息を立てていた。
ウラナは寝台へ帷を引きめぐらし、デミトリーへ「明妃は仮眠されましたので、また、後ほどお越しくださいませ」と、声をかけた。
デミトリーは「分かった」といい、立ち上がって退出した。心の中では、リーユエンの仕事量は、王太子である自分より多いかもしれない、いや、自分の三倍増しは間違いないなと確信した。
リーユエンが目覚めた時は、もう夕方だった。夕日がさしこみ、部屋の中は赤みがかって見えた。寝台からそっと下りようとしたが、床に指先が触れた途端痛みが走り、うっと息を詰めた。
「まだ、歩かれるのは早いですよ」足元から声がし、影が立ち上がった。
「ヨーク?殿下の側にいなくていいのか」
「殿下から、明妃の護衛につくようご命令がありました」
「ふうん・・・」
ヨークは、寝台のそばにしゃがむと、リーユエンを見上げた。
「明妃に仕える方々は、皆、あなたのことを女性だと思っていますね」と、話しかけた。リーユエンは紫の眸をヨークへ向けた。
「猊下は、明妃は女だと皆が認識するよう術をかけている。猊下には、難しいことではないからね」
「・・・それだけですか?猊下は、あなたの経絡を開かれたのでしょう?」
ふたりは視線を交わし見つめ合った。
「ヨークは影護衛だから、魔道の知識があるんだね。そうだよ。猊下は、私の経絡を開いた。それに、私は事情があって、転身できない状態のまま、猊下が開いてしまった」
転身後に、人の体に男女差が顕著となる。骨肉が安定するのもそれからだ。彼は骨肉が安定しない未成熟な状態で、経絡を開かれ一部を女に変えられたのだろう。
ヨークには、その説明で、リーユエンの華奢な体つきの原因が理解できた。
「どこへ行かれたいのです?私が抱き上げて連れていって差し上げます」
リーユエンは、ヨークを手招きし、耳元で小声で「向こうに洗面所があるから、そこまで運んでくれ」と頼んだ。ヨークはうなずき、彼を運んだ。
翌日、リーユエンはまた書類の山に埋もれていた。そこへ、ウラナが入ってきて、
「明妃を尋ねて、大鵬鳥に乗った大牙からの使者が参りました」と、報告した。
書類から顔を上げると彼は「誰が来たの?」と尋ね、ウラナは、
「黄牙から参ったシュリナと名乗っております」と答えた。
それを聞いたリーユエンは、珍しく笑みを漏らし、「シュリナが来たのか。いいよ、そのまま、ここへ通して・・・」と、言いかけて、書類だらけで足の踏み場もない部屋の状態に気がついた。そのため「でも、会うのは、書類を片付けてからだね」と言い、「それから、デミトリー殿下も、お呼びして」と、付け足した。
北荒の地は、西荒を上回る厳しい寒さで、空から降り立ったとき、シュリナはもう凍死しそうな思いだった。父ダーダムから、とにかく大至急行けと追い立てられ、例年より遅れて西荒の地へ渡ってきた大鵬鳥と、玄武行きを交渉し、貢物ともども大籠に乗せてそれを大鵬鳥の背にくくり付け飛んできたため、自身の防寒服のことまで手が回りかねたのだ。ところが、案内された宮殿の最奥は、常春の暖かさで、広大な庭園には、さまざまな薬草が繁り、色とりどりの花が咲き乱れ、庭の一角には、温泉が沸き湯煙で霞んでいた。
彼女は庭園の一角にある離宮へ案内された。白大理石をレースのように透かし彫りにした壁飾りが印象的な、左右対称の比翼型の棟を配し、その高床の下には、温泉から湧き出た湯が小川となって流れていた。
「すごい・・・こんな綺麗な宮殿があるんだ」
シュリナは、貢物の入った唐櫃をいくつも運び込ませ、明妃が現れるのを待っていた。しかし、明妃はなかなか姿を現さなかった。
(お茶は飲み放題、お菓子も食べ放題なのはいいけれど、一体いつまで待たせるつもりなのよ)と、待ちくたびれているうちに、そろそろ太陽が中天から西へ傾こうかという頃合いで、ようやく背の高い、灰色の引っ詰め髪の侍女頭が現れた。




