16 白金の明妃(5)
「では、彼を見捨てたわけではなかったんだな」
薄緑色の目を細め、ドルチェンがデミトリーを見据えた。
「この者が生まれ変わるのを、一千年余りの間待ち続けたのだ。わし自身の人型が保てなくなるほど、己の法力を費やしてまで待ち続けたのだぞ。見捨てることなどありない。リーユエンがどこへ行こうと、どこへ堕ちようとも、誰に囚われようとも、わしは必ず取り返す。この者の、身も心もすべて、わしが見失うことはない」
ドルチェンの眸は、爛爛と輝いた。一千年の愛執の深さが、輝きの合間、一瞬現れる闇からうかがえた。
けれど、デミトリーも、引き下がる気などなかった。
「だが、あなたのやり様は、結局彼を縛り付けている。ここにいたら、自由なんかない。リーユエンは、ここにいるべきじゃない」
ヨークは、デミトリーを止めようとしたが、座主がそれを手で制した。そして、デミトリーへ「愛しているのだから、束縛するのは当然だ。だが、本人の希望はできるだけ通しているぞ。交易にも行かせるし、普段は、男の格好でうろうろしている。おかげで、誰も明妃だと気づかぬ有様だ。納得いかないのなら、ここにしばらく滞在してはどうだ。リーユエンは、指先が回復するまでほとんど身動き取れない。ちょうど、退屈しのぎの話相手が必要だ。何なら、その間に、口説いてみればいい」と、挑発した。
「その話乗った。じゃあ、お言葉に甘えて、滞在させてもらう」
デミトリーが、そう返事をした時、寝台から
「・・・・さっきから、うるさい。静かにしてくれ」と、掠れた声がした。
座主がすばやくリーユエンをのぞき込み
「気がついたのか。気分はどうだ」と、尋ねた。ところが、それを無視し、
「・・・・太師」と、彼はヨーダムを呼んだ。
「はい、明妃」
「侍女頭のウラナを呼んで、皆を部屋から追い出してください。私は眠りたい」
太師はすぐさま、部屋の外で控えていた侍女頭のウラナを中へ入れた。すると、灰色のひっつめ髪で、背の高い侍女頭が入ってきて、
「さあ、皆様、今日はもう明妃は寝まれますから、出ていってください」
と、てきぱきと皆を部屋から追い立てた。
「ウラナ、わしまで追い出すのか」ドルチェンが、寝台の端に座ったまま、侍女頭へ尋ねた。ウラナは嘆息し、彼へ一礼すると
「明妃のお言いつけですので、猊下もお引き取りください」と、答えた。
リーユエンは、猊下を見上げ
「手当てをしていただいて感謝いたします」と、声をかけた。ドルチェンは、眉を寄せ、彼を見下ろし
「明日、また来る」と言い残し、部屋から出ていった。
部屋がやっと静かになり、彼は眠りに落ちた。
その頃、大峡谷の対岸へ渡る隊商を見送ったシュリナは、黄牙の城へ戻り、青牙の城から戻ってきた父と兄へ、リーユエンは北荒玄武国の明妃であったと告げた。それを聞いた長老ダーダムは
「あ、あれが明妃だったというのか・・・」目を見開き、口をあんぐり開けて茫然自失した。
「そういえば、父上は、彼を抱きしめて・・・」
「わあぁぁ、何も言うな。そんな事を玄武の奴に知られたら、わしは呪殺されてしまう」と、叫び、ガバッっと立ち上がると家来へ、
「衣服商と宝石商へ、ありったけの上等な品をもって来させよ」と言いつけた。
慌てふためく父に、マルバが不思議そうに
「親父、どうしたんだ。もう、あいつは帰ったんだろう?」と話しかけた。
「馬鹿者、帰ったで済む問題ではないわ。知らなかったとはいえ、明妃に手を出してしまったんだぞ。詫びの使者を、玄武国へ遣わさねば、わしの命がなくなるかもしれん。法座主ドルチェンの法力は凄まじいのだ。狙われたら最後だ。明妃の機嫌をとって、取りなしていただかなくてはならん」
そしてダーダムは親書までしたため、娘のシュリナへ使者を命じた。




