16 白金の明妃(2)
リーユエンは、デミトリーの言葉が、彼の深情から出たものだと察していた。けれど、どこへ行こうとも生き神であることを知られれば、必ず誰かの支配を受けることになるだろう。金杖だろうと、それは例外にならない。デミトリーにその気がなくても、国王が介入してくるのは予想のつくことだった。そして、ドルチェンに対して、深い恨みと怒りが募ろうとも、明妃である自分が、彼から決して逃れられないことも、彼に愛されれば、それを受け入れてしまう自分自身のことも分かっていた。デミトリーを受け入れることは、自分には、決してできないことで、心を動かされまいと、拒み続けるしかなかった。
夕方、黄牙の領地の外れ、森林と大峡谷の台地の境に到着した。すると、突然、空が黒雲に覆われ、稲妻が走り雷鳴が轟いた。冷たい強風が地上へ吹きつけた。そして、上空に巨大な黒い龍が現れた。
ハオズィが腰を抜かしてひっくり返り、叫んだ。
「黒龍川の主だっ、主が現れた」
皆、黒龍を見上げた。中空の暗い雲間に巨大な黒龍の体がうねり浮いていた。突然、そこから声が聞こえた。
「リーユエン、迎えにきた」
その声の主は、黒龍の角に手をかけて佇む、フード付きの黒い魔導士服姿の太師ヨーダムだった。
カリウラが「太師っ」と叫び、騎獣を駆って真下まで近寄った。カリウラを認めたヨーダムは、龍の頭から飛び降り、空中をゆっくりと緩やかに、カリウラのところまで降下した。
「猊下の命を受けて、迎えにきた。リーユエンはどこだ?」
「こちらです」と、カリウラは太師を案内した。
ダーダンの背で、リーユエンを頑なに抱きしめるデミトリーの姿を見て、太師は眉をひそめ「デミトリー殿下でいらっしゃるのか?」と、声をかけた。
デミトリーはダーダンの上から、太師を睨みつけた叫んだ。
「おまえたちにリーユエンは渡さない。金杖へ、連れて帰る」
リーユエンを奪い返そうと動きかけたカリウラを、手にした杖で制し、太師は、フードを後ろへ跳ね上げ、デミトリーの方へゆっくり近づきながら、話しかけた。
「その者を、金杖へ連れて帰り、殿下は一体どうされたいのです?」
「自由にしてやるんだ。大長老のソライは、、銀針を差し込んで隷属させようとした。私はそんな事は許さない。自由にしてやる」
銀針と聞いて、太師の表情がさらに厳しくなった。カリウラが太師へ
「ソライが、手足すべてに銀針を刺しこませたので、今、自分では動けない状態です」と、ささやいた。
太師は、
「刺しこまれた銀針を抜くのは簡単ではありませんぞ。座主なら法力で、素早く抜けるでしょう。治療のために、今すぐ北荒へ連れて帰ります」と説得した。
ところが、デミトリーは
「それなら、座主が、金杖へ来ればいい。北荒へ戻れば、どうせ、ソライと変わらない隷属状態なんだろう。そっちから治療に来ればいい。絶対北荒には行かさない」と頑なに言い募った。
太師は腕組みし嘆息すると、今度はリーユエンへ呼びかけた。
「リーユエン、聞こえているのだろう。デミトリー殿下を、説得してくれ」
「・・・・殿下、私は北荒へ戻ります。私の帰るべき場所は、猊下のもとです」
「バカな事を言うな。北荒は、おまえの帰るべき所じゃない」
リーユエンは目を開き、殿下を見据えはっきりと
「帰るべき場所を決めるのは、あなたではない。私だ」と言った。それから
「私は、猊下の明妃だ。私のすべては猊下のものだ」と、言った。
デミトリーは瞠目し、リーユエンを見下ろした。
「明妃・・・おまえが、奴の明妃なのか」
数年前に座主が選んだ明妃の噂なら、デミトリーも、散々聞き及んでいた。その情報源は、主に、父国王の複数の妻妾たちからで、主に後宮内で交わされる噂話だった。




