16 白金の明妃(1)
デミトリーに横抱きされたまま、彼は、カリウラたちと合流した。カリウラは、青牙の城を出たあと、黒牙との国境にとどまり、シュリナが様子を見に戻ったのだ。
国境の林の中で待っていたカリウラは、シュリナが騎乗するダーダンの巨体を目にするや、木立の中から飛び出して駆け寄った。
「リーユエンは無事かっ」
シュリナが手綱を引きダーダンを停止させたが、完全に止まるのを待てないまま、カリウラが凶悪な面で走ってきたので、ダーダンが怯えて後ずさった。その振動で、デミトリーに抱かれたリーユエンが低く呻いた。デミトリーは腕に力を入れて、彼をがっちり固定しながら、「もう、大丈夫だ。安心しろ。カリウラもいるから」と声をかけた。それから、デミトリーは、ダーダンから降りないままカリウラへ
「怪我をしているんだ。このまま運ぶ、下ろさない方がいい」と言った。
彼らは、そのままダーダンを走らせ、黒牙の領地へ入った。
デミトリーはシュリナへ、「このまま、隊商と合流したい、大牙の国から一刻も早く連れ出したい」と言った。
シュリナは振り向くと思わず、「どうしたのよ、駆け落ちでもする気なの」と尋ねた。
すると、デミトリーは真剣な顔で、「見ろよ、爪の間に銀針を差し込まれたんだ。手足に全部だぞ。こんな真似をする奴らのところから、脱出したいのは当然だろう」と、言った。
シュリナは、驚愕した。「手足に全部刺したっていうの、どうしてそこまでするの、一体誰がやったのよ?」
「ソライがやらせたんだ。リーユエンの父親は、ソライなんだぞ。それなのに、玄武から主代えをさせようとして、こんなひどい真似をしたんだっ」
シュリナは、顔が引き攣りそうになった。まさか、自分が刺青のことを話したせいだろうか。いや、どうせ、衣を脱がせれば、分かることだと考え直した。
「分かったわ、城下で、代えのダーダンを用意させて、そのまま進みましょう」
昼夜通して走り続け、彼らは赤牙の領地内に入り、隊商の本体と合流した。
その夜、ぼろぼろの姿でアスラが現れた。
「リーユエン、命令どおり、奴を殺したぞ」
アスラは、横たわるリーユエンの側に倒れ込んだ。リーユエンは右目を開き、
「ご苦労だった」とささやいた。
「あいつが死ぬと、他の長老の奴ら、あいつの死体を城の外へ投げ捨てたんだぜ。墓をつくる気もないみたいだ」
「大長老は決まったのか?」
「とりあえず、順番でやるとかって、言っていたぜ」
「ふふっ、当分大牙は混乱が続くだろうな」
ひっそり笑ったリーユエンへ、アスラは顔を近づけ、
「なあ、ひもじいんだ。生気をくれ」と頼んだ。
「私は動けない。自分で要るだけ持っていけ」
アスラは、体を起こし、リーユエンを見下ろし、手足を見て驚いた。
「ヒッ、何だよ、その爪先、血だらけだぞ。嘘、これ銀針が三本も刺さってるぞ」
「これが痛くて動けない。生気は適当に取ってくれ」
アスラは珍しく遠慮がちな態度で、
「わかった。じゃ、最低限だけもらっとく・・・酷い目にあったんだな。止めてやれなくて、ごめんな」と謝った。
翌日もデミトリーが、彼をがっちり抱き上げて、ダーダンに乗って移動した。
デミトリーは、リーユエンの耳元で
「リーユエン、北荒なんかへ戻るのはやめろ。私と一緒に金杖の国へ来い」と、ささやいた。けれど、彼は目を閉ざしたまま無言だった。それでも、デミトリーはあきらめずに、さらに
「生き神だなんて祭り上げて、おまえを縛り付けようなんて間違えている。おまえは、自由でいるべきだ。私と一緒に金杖へ来い。私は、おまえを縛りつけたりしない」と、言い募った。
「私の主はドルチェンだ。主を換えることはできない」
弱々しい声で、リーユエンが答えた。デミトリーは、リーユエンの顔を覗き込んだ。
「おまえは、魔獣じゃない。人間だろう?どうして主にこだわるんだっ」
リーユエンが薄っすらと目を開けた。デミトリーのさらに向こう、遠いどこかを見ながら、
「・・・・私の輪廻を導いたのは、ドルチェンだ。私は、彼との因縁を断ち切ることができない。私の身も心もすべてドルチェンのものだ」と、答えた。
「リーユエン、そんなものに縛られるのは馬鹿げている。そんな因縁、私が断ち切ってやる。お願いだ。私と一緒に金杖へ行くと言ってくれ」
「無駄だ。ドルチェンが、許さない」
リーユエンは目を閉じた。そこから、涙が一筋流れ落ちた。




