15 玄武の庇護(5)
ようやく施術が終わった。リーユエンの全ての爪が赤黒く変色し、差し込まれた針で熱を帯びていた。あたりには、血の匂いが濃く立ち込めていた。
ソライは立ち上がると、ツォンパの影へ向かい、いきなり声をかけた。
「影よ、そこに忍んでいるのは分かっておる。姿を現せ」
ハッと仰反るツォンパの足元から、黒い影が立ち上がりヨークとなった。
ソライは、自身の顎髭を扱きながら、
「ふうむ、さきほど金杖の若獅子がおったな、あやつの影護衛か」
ヨークは無言だった。
「そのように神経質になるな。金杖の若獅子に手を出したりはしない。主を連れてくるがよい。明朝、リーユエンに主代えの誓約署名をさせるから、おまえの主も立ち会うがよい」と、言った。そして、リーユエンを見下ろし
「この者には、銀針を刺し込んで転身を禁じた。逃げ出すことはできない。それに、この者は、元来、紫牙の一族で、大牙国の一員だ。わしに仕えるのが当然の筋だ。明日は、主を代えさせ、大牙の長老すべてに奉仕する生き神へと定め直す」と、宣言した。
ヨークは、護衛に付き添われ、城壁の外へ出された。駆け寄ってきたデミトリーへ、彼は首を振った。そして見たことの一部始終を話した。デミトリーは、顔色を変え
「そこは急所だぞ。全部に刺さなくても、二、三箇所だって、十分効き目があるはずだ。自分の息子なのに、何て酷い事をするんだっ」と言った。
翌日、長老会議のために、五部族の長老すべてが、青牙の宮殿に参集した。ドーム型の本殿の大広間には、寝台が運び込まれ、そこにぐったりとリーユエンが横たわっていた。顔色は雪にように白く、血の気がなく、微かに動く胸元で、辛うじて生きているのが分かった。黄牙の長老ダーダムは、やはり力づくででも自分のものにしておくべきだったと、彼の血に染まった指先を見て後悔した。
すべての長老がそろった後、暫くしてソライが入ってきた。まっすぐ寝台へ行くと、その端へ腰掛け、
「リーユエン」と、声をかけた。リーユエンは、その声に反応して、ゆっくり目を見開いた。その目を見た長老たちの中に
「紫の瞳だ」「生き写しだ」「あれがそうなのか」と、様々なささやきが広がった。
リーユエンはソライに助けられながら、半身を起こした。ソライは寝台の脇で立ち上がると、長老たちへ向かって
「本日は、めでたい日として記録に残されるべき日だ。我々の生き神が見つかった。この者は、北荒の玄武で囚われておったが、我が方へ取り戻すことができた。皆が立ち合いのもと、この者、リーユエンに主代えの誓約を行わせ、我ら大牙のために奉仕する生き神として定め直す」と、宣言した。
侍従が、盆にのせた誓約書とペンとインク壺を、ソライの前まで恭しく捧げ持ってきた。
ソライは、両手を二回打ち鳴らすと、リーユエンの顔をのぞき込み
「そうだ、おまえのために特別に客人を招いておいた。金杖の若獅子と影護衛にも、おまえの主代えの証人となってもらおう」と、言った。
金杖の若獅子と耳にしたリーユエンの眸が、一瞬揺らいだ。
デミトリーとヨークが、護衛に付き添われ、大広間に姿を現した。リーユエンは、二人の姿をぼんやりと眺めた後、力無くうなだれた。デミトリーは、リーユエンの虚ろな表情を見て、理性が飛びそうになった。が、ヨークが耳元で、「どうか冷静になってください。ここは、大牙なのです。大長老を刺激してはなりません。リーユエン殿の立場をこれ以上悪くしないでください」と、必死で自制をうながした。
ソライはペン先をインクに浸して取り出すと、リーユエンの指先からジクジク滲み出る血をペン先へ付け足した。




