15 玄武の庇護(3)
その頃、カリウラたちは城壁の外へ脱出したが、デミトリーが戻ると言い出した。
「デミトリー、ダメだ。リーユエンから、彼だけ置いていけと言われたんだ。指示通りにしないと、皆殺しになるかもしれないからと言われている。お願いだから、一緒に隊商へ戻ってくれ」
ところがデミトリーは、激しく首を振り
「嫌だ。あのソライって奴は、何か変だった。あんな奴のところへ、あいつを一人残して行くなんて絶対イヤだ。俺の身にもし危険が迫ったら、金杖国と戦争状態になりたいのかと、逆に恫喝してやるだけだ。俺はやりたいようにやるから、お前たちは早く隊商へ帰れ」
カリウラはなお説得しかけたが、ヨークまで
「殿下は私がお守りします。どうぞ、お戻りになってください」と言い出した。カリウラは、リーユエンのことも気になっていたので、
「分かった。リーユエンのことを頼む」と言い、ふたりと別れた。
カリウラたちが行ってしまうと、デミトリーはもう一度城の中へ忍び込もうとしたが、ヨークに止められた。
「お待ちください。殿下の姿は目立ちすぎます。この城壁の近くで、隠れてお待ちになっていてください。私が影になって忍び込み、様子を見てまいります」
「分かった。待っているから、彼を探し出して、助け出してくれ、頼む」と、デミトリーは、真剣な顔でヨークへ言った。
ヨークは影となり、城壁の壁を這うように登っていった。
「うぅ・・」
リーユエンの呻き声が響いた。突然、血の匂いが濃く立ち込めた。
ソライが魔導士を睨み「どうしたのだ、ツォンパ」と不機嫌に尋ねた。
ツォンパは、台越しに慌てて拝礼し「申し訳ございません。手元が狂って、指先を少々傷つけてしまいました。この血の香、誘涎香血でございますな。ああ、何という芳香だ。もう、正気を失いそうです」
「馬鹿者、外へ出て頭を冷やしてこい」と、ソライが苛立たしげに指示した。
ソライは立ち上がり左側へ回ると、針の刺さり具合を確かめた。
「すまない。なるべく血を出さないよう、施術するように命じたのだがな」と、リーユエンへ声をかけた。すると彼は「どうして、長らく現れなかった生き神が、一千年振りに現れたのですか」と、ひっそり尋ねた。
また台の右側へ戻ってきたソライは、彼の顔を覗き込み、意味ありげな笑みを浮かべた。
「あのツォンパは、なかなか研究熱心な魔導士なのだ。あいつは、玄武、ドルチェンの秘密を突き止めたのだ」
「猊下の秘密?」
「一千年余前のこと、ドルチェンは大牙の国に潜入しておった。その時、生き神を引退したばかりの女を妻として娶ったのだ。ところで、そなた、生き神の条件が何なのか知っておるか?」
「いいえ、知りません」
「その事もツォンパは突き止めた。穢れを知らない、肌に傷もしみもひとつもない乙女、そして初潮を迎えたら、能力がなくなるなどと、もっともらしい条件が伝わっているが、あれは真実ではない。生き神の本当の条件は、誘涎香血の持ち主であることだ。ただ、初潮が始まり血が流れれば、その香で、神官すら正気を保てなくなる。そのため、生き神を泣く泣く引退させ、新しい幼い生き神を探して連れてきたのだ」
それは、千年前の生き神であったリュエでさえ、知らないことだった。
「ところが、月日が経つうちにその本来の意味が忘れ去られ、ただ漫然と生き神を引退させる目安となってしまったのだ。しかも新しい生き神を選ぶときに誘涎香血の持ち主など非常に希少であったため、その条件も無視されるようになった。そして最後に生き神として選ばれたのは、家柄が良いだけが取り柄の、平凡な娘だった。権威に翳りが見えてきたあの頃の神殿は、情報収集の手段も限られ、そんな平凡な娘を生き神として支えていく力がなかったのだ」
ソライの言葉で、リュエが結婚後も悪夢のように予知夢を見続けた理由がようやく分かった。リーユエンは、彼女の悲しみを思い出し目を閉ざした。




