15 玄武の庇護(2)
青牙の城の本殿は、直径十丈余りのドーム屋根が特徴の巨大な建物だった。壁は黒い玄武岩と青水晶が交互に連なり、床は黒い玄武岩の青水晶、長石、瑪瑙などのモザイクで、植物紋様が描かれていた。天井は見上げてもよく見えないほど高みにあり、大広間の中は、針一本が落ちても、周囲に反響して音が聞き取れるほどだった。
中央奥の巨大な円形の基壇の上、一塊の青水晶から掘り出された大長老の玉座の上に、ソライが腰掛けていた。長く伸びた髪も髭も真っ白で、燭台の燈を受けて、白く輝いていた。額は広く、そこから鼻梁が細く高く伸び、頬は削げて、高齢であることがうかがえた。そして、白い眉の下にある青い双眸は鋭く凍りつくような光を放ち、残忍で酷薄な印象を与えた。
ソライの侍従が、カリウラへ交易許可証を付与した。カリウラは神妙な面持ちで受け取った。しばらくあたり触りのない、途中の旅の様子や、市の盛況具合について下問があり、カリウラはそれらにすべて丁寧に受け答えした。その間に、皆へ簡単な酒肴が振る舞われた。カリウラはそろそろ潮時だろうと思い、丁重な持てなしに感謝の言葉を述べ、退出しようとした。
すると、ソライが自ら立ち上がり
「ご苦労であったな。その許可証を持って帰るが良い。だが、リーユエン、そなたには、まだ用がある。ここへ残れ」と命じた。
カリウラは反論しかけたが、それより早く、リーユエンがソライへ向かって拝礼し「御意」と言った。カリウラは昼間のリーユエンの言いつけを思い出し、反論したいのをじっとこらえた。そして侍従に案内されて、他の者たちとともに、リーユエンひとりを残して、退出した。
皆が退出すると、ソライが玉座から降りてきた。そして、リーユエンの前まで来ると、「ついて参れ」と声をかけた。言われるままリーユエンは、その後に従った。
ドーム屋根の本殿を抜け、ふたりは尖塔のひとつへ入った。そして、地下へ続く階段を降りた。
その地下室へ入るなり、長い年月、その部屋の床を汚し続けた血の匂いが鼻につき、リーユエンの体は無意識に強張った。気配を察したソライは振り返り、
「恐れることはない。そなたを殺したりはしない。大切な生き神なのだからな」と、声をかけた。
「生き神」という言葉に、リーユエンは一瞬驚いた。その一瞬の隙をつかれ、魔道の術で体を縛された。体の周りを黒い蛇が巻きつき、自由を失ったまま床へ倒れかけたところを、ソライが抱き留めた。そこへ、さきほど、控室へ現れた魔導士が、物陰から現れた。ハオズィくらいしかない小男で、黒い魔導士服姿で、うすら笑いを浮かべて、ソライへ向かって拝礼すると
「今から始めますか?」と、尋ねた。
ソライはうなずき、リーユエンを軽々と抱き上げて、部屋の中央の拘束台へ横たえ、彼のヴェールを取り払った。現れた右側の半顔に、ソライはしばらくうっとりと見惚れた。
「見れば見るほど、驚くほどグレナハに似ておるな」と、つぶやいた。
「グレナハ?」
それは金杖の国王がつぶやいた女人の名と同じだった。リーユエンは、紫の眸をソライへ向けた。反応の鈍い彼へ、ソライは眉尻を下げ、意外そうに言った。
「知らぬのか?そなた、本当に何も覚えておらぬのか。グレナハは、そなたの母親だ」
「私の母?」
母の記憶は何もなかった。ただ、誰か女の人が自分の目の前で、顔を覆って泣いているのが、脳裏をよぎった。
ソライは、リーユエンの右頬に手を這わせながら、
「そうだ、おまえの母はグレナハだ」と、もう一度言った。が、その時、リーユエンの左手の親指に激痛が走った。
「ウッ・・・」
「何本刺しますか」
魔導士がソライへ尋ねた。ソライは、「一指に三本ずつだ。足の爪にも全部施せ」と指示した。それから、リーユエンへ向かい
「おまえが転身しないよう、指と爪の間に銀針を刺してゆく。ひどく痛むからな。その間、わしの話相手を付き合え。少しは気が紛れよう」とささやいた。また、針が刺しこまれ、リーユエンの額に冷たい汗が浮かんだ。
「紫牙が族滅した原因を、皆、取り違えておるのだ。生き神を祀っていたからだと思っているが、それは違う。紫牙の長老が愚かにも、生き神を、異界の穴へ捨てたから罰したのだ」




