15 玄武の庇護(1)
宿を出立し、正午をすぎて、彼らは黒牙の城郭に到着した。城門へいたる、幅三丈ほどの大きな堀の手前で、シュリナはダーダンを止めて、ひらりと飛び降りた。そして、カリウラを手招きした。
呼ばれたカリウラが、ダーダンから降りて彼女に近寄ると、耳元で
「彼、一体どうしたのよ?まるで、死人みたいじゃない」と、明らかに異常なリーユエンの様子を問い質された。カリウラは、首をふり
「俺にもわけが分からないんだ。朝から一言も喋らない。本人が、何も言わないんじゃ、どうしようもない」
「病気なのかしら?このまま青牙の城へ連れて行っても大丈夫なの?」
カリウラは、少し考えて、ダーダムの上でぐったりしたままのリーユエンへ近寄り、話しかけた。
「リーユエン、具合が悪いのか、黒牙の街で、一泊するか?」
声をかけられたリーユエンが身を起こしカリウラを見下ろした。カリウラは、リーユエンの表情に戸惑った。まるで見知らぬ他人のように見えたのだ。
「カリウラ・・・」名を呼んで、また黙りこんだので、カリウラはさらに近寄った。
「どうしたんだ?」近寄ったカリウラの耳元で、
「交易許可の免状をもらったら、すぐに隊商の宿営地へ行くんだ。私は、青牙から出られないから、置いていってくれ」と、ささやいた。
「・・・どういうことだ?おまえを置き去りなんかできるわけないだろう」
「無理に取り返そうとするな。皆殺しになるぞ」
抑揚のない声で、リーユエンが淡々と告げた。カリウラは、背筋がぞっとした。
「おまえ、何か見えたのか?」
「いいか、絶対、何もするな。免状を受け取ったら、すぐ出立するんだ。隊商まで人質に取られたら、身動きが取れなくなる」
「わ、わかったよ。言う通りにするよ」
カリウラにとって、リーユエンの言葉は絶対だった。彼の言葉に従ったおかげで何度も危機を脱してきたカリウラには、当然のことだった。内心では納得いかないが、もう受け入れるしかなかった。
「このまま、青牙へ行ってくれ。私は構わない」
リーユエンの答えで、彼らは、そのまま青牙へ向かうことにした。
少し離れた場所から、デミトリーは彼の様子をうかがっていた。普段は、冷淡に見えるくらい冷静な彼が、明らかに何かに囚われ、激しい動揺を隠しているように見えた。けれど直接問い質すこともできかね、様子をただ気にすることしかできなかった。
彼らは先へ進み、その日の夕方、青牙の城下へ入った。
青牙の城は、大牙国の最北に位置し、極光山の峻厳な山嶺を背後に、巨大なドーム型の本殿とそれを取り巻く無数の尖塔が、青水晶と玄武岩で建てられていた。この城は、千数百年前は白玄武の一族のもので、彼らを攻め滅ぼした後、青牙の居城となった。
黒光する回廊を進み、黄牙の時と同じように、控えの一室で、彼らは、衣服を大牙のものに改めた。
(お父様ったら・・・)
リーユエンに用意されたものを見て、シュリナは内心父と兄へ悪態をつきそうになった。男物を仕立てさせたといっておきながら、用意してあったのは、柔らかい薄地の薄紫と白の袍で、襞の入れ方も、帯の柄も、女物と同じだった。ふたりの悪意が察せられて、シュリナでさえ不愉快になった。
リーユエンは、黙って衣装を身につけた。リュエの記憶があったので、そのような衣装を当てがわれても戸惑うこともなかった。ただ、あの頃着ていたのと同じ、紫を基調にした衣に皮肉を感じて、密かに苦笑を漏らした。彼は最後に銀糸を織り込んだ薄いヴェールを頭から被った。
そして、彼らは、大長老ソライの待つ、大広間へ向かった。
彼らが控室から立ち去ると、大長老付きの魔導士がやって来て、リーユエンの残した甲当てと面覆いを、用意してきた黒い箱にいれて封印した。魔導士は、ニンマリ笑い、「魔獣の眠る面覆いと、龍の心臓からつくった甲当てか、これはよい品物が手に入った」と、独りつぶやき喜んだ。そして、箱を持ち上げ、控室から立ち去った。




