14 中有の夢 (9)
「・・・・・・」
ドルチェンの顔から笑みが消えた。数秒、ふたりは見つめ合った。それから再びドルチェンは微笑んだ。けれど、もうそれは不自然に強張った笑みでしかなかった。
「ドゥルチェム、それって誰なんだい?どうして、そんな事を尋ねるのだ」
「夢を見ました。私は、もう生き神ではないのに、あれは予知夢だった。銀牙の城郭が六部族から包囲されていた。あなたは陣の中心で、僧形のお姿で立っていらしたわ。どうして、今頃になって、あんな夢を見てしまったのかしら・・・」
彼女の目からまた涙が溢れた。耐え難くなり、両手で顔を覆いうつむいた。
「リュエ・・・」
ドルチェンは、彼女へ触れようと腕を伸ばしたが、途中で力無く腕は落ちてしまった。
「あなたと神殿の前で会わなければよかった。あなたと結婚しなければよかった。側室や妾で売り飛ばされようが、運命だと諦めて従えばよかった」
夢で見た内容で、夢見だけでなく夢解きにも優れた才能があったリュエには、ドルチェンの動機すら察しがついていた。神殿で、大牙国の歴史について教えを受けていたからだ。
数百年前、銀牙一族は、大牙の領土を拡張しようと、西荒の極光山の麓に国のあった、白玄武の一族を滅ぼしていた。白玄武は、北荒の玄武の一族から枝分かれした一族だった。ドルチェンは、滅ぼされた仲間の復讐のためにやって来たのだ。
「リュエ、あなたはもう生き神の資格は失ったのだ。あなたが見たという悪夢は、ただの夢だ。私は貿易商だ。ただの商人なんだよ。信じておくれ」
ドルチェンが何を言おうと、リュエは彼を見ようとはしなかった。ただ、無言で顔を覆ったままだった。
その日から、ドルチェンの訪れは途絶えた。生活に不自由のないよう彼からの指示は行き届き、彼女が使用人から侮れることはなかった。そして、使用人たちは、ドルチェンから、治安が最近悪いため、自分が屋敷へ戻るまで、彼女を屋敷の外へ出してはならないと厳命を受けていた。もとより、人付き合いを好まないリュエにとって、屋敷の中に留まることは苦ではなかった。ただ、時たま悪夢を見、そのたびに事態が悪化していくのを悟り、内心で悩みを募らせていた。
それから三ヶ月後、屋敷の近くで火災があった。外で、人々が逃げ惑い争う音が、敷地の中まで聞こえてきて、火矢が何本か飛んできて、使用人たちは消火に躍起になった。が、騒乱状態が収まる気配はなく、とうとう屋敷から使用人たちまで逃げ出し始めた。リュエは、屋敷の一番奥の区画に朝からひとりでいた。何度か見た予知夢で、もう銀牙が滅亡することは分かっていたし、自分がもうすぐ死ぬことも分かっていた。ただ、死ぬ前にドルチェンに会いたかった。部屋の中でひとりで、彼が来るのをじっと待った。リュエは、ドルチェンと会い、やらねばならない事があった。そのために自分が死ぬと分かっていても、それだけはやり遂げねばならないと、自分自身を叱咤し続けた。
「リュエッ」
ついに、ドルチェンが部屋へ飛び込んできた。いつものターバン姿ではなく、燕尾帽を被った僧形だった。部屋にたったひとりで立ち尽くすリュエを見つけるや、ドルチェンは駆け寄った。
「リュエ、私と一緒に来るのだ。ここにいては危ない。私とともに、北荒へ行こう。あなたがここにいる必要はない」
そう言うと、ドルチェンはリュエの手を引き部屋から連れ出した。部屋から出て、濡れ縁へ出た時、矢がドルチェンを狙って飛んできた。リュエは、「危ないっ」と叫んで、ドルチェンの前へ回った。そして、矢が、彼女の胸を深々と貫通した。白い衣が見る見る赤く染まった。
「リュエッ」
ドルチェンが悲痛な声で叫んだ。




