14 中有の夢 (7)
神官側の籠の中身は、水色のハンカチだった。そしてドゥルチェムの側の籠の中身は、白色のハンカチだった。これで北荒の修行僧は、一歩リードとなった。籠の中身を当て損ねた神官は、符牒を寄越した仲間の神官を、物凄い目つきで睨みつけた。しかし、符牒を送った神官は、自分が見た時、神官側の籠に入っていたのは、確かに白いハンカチだったので、訳が分からず、私のせいじゃないと、首を左右へ激しく振ることしかできなかった。
最後の勝負となった。神官は籠の中身を、「石が三個」と言った。そして、ドゥルチェムは、「蛇が一匹」と言った。符牒を送る神官は、ドゥルチェムが今度こそ負けると確信した。籠の中に入っているのは、両方とも石ころだからだ。そして蓋が取られた。
「うおぉぉぉー」大歓声が上がった。
神官の籠の中には卵が一個、そしてドゥルチェムの側の籠の中には、トグロを巻き鎌首持ち上げた蛇が一匹いたのだ。その蛇は、神官側の籠へ鎌首を伸ばし、卵を大口を開けて飲み込み始めた。ドゥルチェムは、籠五つの中身を全て言い当て、法術競べに圧勝した。
急報を受けた神官長の顔色が変わった。
「馬鹿者っ、奴も何か仕掛けを使ったはずだ。幻術ではないのかっ」
神官長の怒声に、知らせを持ってきた神官は震え上がってひざまずいた。
「いいえ、本物の蛇でございました。我らの方の籠に入っていた卵をひと呑みしてしまいました」と追加した。
「してやられた。奴は、玄武の使いだ。捕まえて拘束せよ・・・いや、今捕まえるのは、逆効果だな。奴をしばらく自由にさせて、不正がないか徹底的に調べろ。不正があり次第、拘束して牢へ入れてしまえ。よいなっ」
術比べで神官が完敗したとの知らせは、たちまち大牙の国中に広がった。その後も、生き神が予知を外す事がたびたび起こった。また、北荒の修行僧ドゥルチェムは、他の部族の長老からも招かれ、その法術を披露した。彼の法力の強さに長老たちは皆瞠目し、彼を崇敬する者が徐々に増えてきた。それとは対照的に、この頃から、銀牙一族以外の部族に、神殿や神官の絶対的な権威を侮る風潮が現れてきた。
それまでは、政事については何事を決めるにしろ、牙の七部族は、皆、神殿へ伺いを立てていた。それによって、神殿は、多くの情報を集め、正確な判断を下すことができたのだ。それが、権威が下がり、神殿を無視した決定が行われることが増え、情報が集まらず、正しい判断が下せないという悪循環に陥ってしまった。
さらに、各部族が収めていた奉納品が大幅に減少し、神殿の経営が危うくなってきた。神殿は落ちぶれ、銀牙による大牙国全般への統制に亀裂が入った。
そのような外の状況など何も知らないまま、ドルチェンの屋敷の奥深くで暮らしていたリュエの元へ、実家から使者が訪れた。リュエの父の生誕祝いの宴への招待だった。リュエの願いを聞き入れ、ドルチェンはリュエへ外出を許した。
この頃、ドルチェンは方々を忙しく行き交っていて、リュエを訪れるのは、一月に一度あればよい方だった。相変わらず、リュエへの手土産を必ず持ってきたけれど、いつも何か他のことに心が囚われている様子があった。普通の妻なら、問い質していたところだが、リュエは内心は気がかりではあったけれど、ドルチェンが不快に思うことを恐れ、遠慮してしまい、尋ねることができなかった。
ドルチェンは、リュエを着飾ることが好きで、衣装や宝飾品に金を惜しまなかった。その日、父の元を訪れたリュエは、まさに天から舞い降りた天女と見紛うばかりの神々しいまでに美しい姿だった。衣は真珠のように艶やかな純白の長衣の上に、淡い紫から裾へ行くにつれ濃い紫に変わる薄い生地に細かな金が散らしてある袍を重ね着し、全体がキラキラと輝いてみえた。首元には、繊細な透かし彫りが施された宝輪に紫水晶が嵌め込まれ、耳飾りも透かし彫りに紫水晶があしらわれ、リュエの眸の色に合わせてあった。
他の招待客は、リュエの麗姿にうっとり見惚れ、
「先代の生き神だったリュエ様だ。今でも変わらぬ、何と言う神々しいお姿なのだろう」
「本当に、あの方を娶られたドルチェン殿こそ、果報者だ」などと、ささやきあった。




