14 中有の夢 (5)
「リュエ殿には、許嫁はいらっしゃらないのか?」と、ドルチェンが両親へ尋ねた。それに対し、父が
「三歳で神殿へ上がりましたし、その頃、これの母親は病で寝ついておりましたので、許嫁を決めることもできなかったのです」と説明した。
ドルチェンは大きくうなずき、
「なるほど、では、私が立候補してもお許しいただけますか」と尋ねた。
父は、驚愕し「ドルチェン殿は、リュエを娶られたいのか」と、確認した。
が、そこへ継母が割り込み、「ドルチェン様なら、うちの娘の方が相応しゅうございます。娘のマイラには、婦女の道徳、家事全般すべて教育いたしましたので、立派に正妻が務まりましょう。ですが、リュエには、何の弁えもございません。後家か、側室に入った方が、この子には相応しいと思いますわ」と、話した。
リュエは、神殿が、自分のために十分な婚資を用意してくれたことを知っていた。それは、後家や側室におさまるためのものではなく、元生き神であった娘の尊厳を守るためのものだった。継母が、その婚資の事を無視し、自分を家畜のように後家や側室として売り飛ばすつもりなのが分かり、胸のうちに焼けつくような不快な思いがあったが、ただじっと耐えた。
ドルチェンは、苦笑いを浮かべ
「いや、私が娶りたいのは、リュエ殿です。どうせなら、何も知らない白紙の状態で、夫婦生活を始めてみたいのです」と、言いながら、懐から、重そうな白い巾着袋を六つ取り出し、目の前の丸テーブルへ積み上げた。
「百デナリウス金貨を六百枚用意しました。これをどうぞお納めください。そして、私とリュエ殿の婚姻を認めてください」
彼が用意した金貨は婚資の相場の六倍だった。父母にはもう否応もなかった。その日のうちに、リュエの嫁ぎ先は、ドルチェンと決定した。リュエは、ただ運命の成り行きを受け入れることしかできなかった。ドルチェンは、そのままリュエを、自分の屋敷へ連れて帰ってしまった。
屋敷への帰り道、ドルチェンはリュエへ
「正式な手順も踏まず、君を連れ出してしまってすまない。許してくれ」と謝った。
リュエは首を振り「私の旦那様は、もうあなたなのです。私に許しを乞う必要などございません。私は、あなたの決定に従います」と、淡々と答えた。
「リュエ、私が君をすぐ連れ出したのは、あんな不愉快な家族のもとに君をひとり残してしまうのが嫌だったからだ。あの継母の、不愉快な言動、君をひとりあの家に残したら、きっと君を後家や側室に出そうとするに違いない。君を一刻も早く私自身で守りたかったのだ」
ドルチェンの言うことは筋が通っていた。リュエは、ただ頭を下げ、
「お心遣い感謝いたします」と、応えた。
ドルチェンは、羽振の良い貿易商で、銀牙の城下内の一等地に屋敷を構えていた。
リュエには、数人の侍女が仕え、屋敷の奥深くで大切にされた。その生活は、生き神の頃とあまり変わりのない規則正しいものだった。ただ、ものの分かった人から見たら、夫婦の有り様ではなく、都合の良い監禁状態だと気がついただろう。リュエは、外の様子を何も知らないまま、そこで静かに暮らし続けた。
ドルチェンは多忙で、彼女のところへは数日おきに現れた。そのたびに、お菓子だったり、装身具であったり、何がしかの土産を持参した。そして、彼女と臥所をともにし、「愛している」と何度もささやいた。リュエは、同じように応えなければと思い、
「私も愛しております。旦那さま」といつも、ささやき返した。けれど、生き神であった頃と同じように、心の中は冷え切って鎮まり返ったままで、強い感情で心が乱されたことがなかった。




