14 中有の夢 (4)
その夜、生気を奪われ、眠りに落ちたリーユエンは夢を見た。
「リュエ、おまえの実家へ、おまえの婚資を渡しておいたからね。幸せにおなり」と、神殿の僧侶に送り出され、リュエは、見上げるほど高い神殿の門を通り、堀にかかった跳ね橋を渡り、俗世間へ戻った。
リュエは、銀牙の少女で、神殿で三歳から生き神として祀られていた。が、先日、初潮を迎え、生き神の資格を失い、実家へ戻ることになった。
着替が一枚、他に日用品を数品包んだだけの小さな包みを抱え、心許ない足取りで跳ね橋を渡った。生き神は、地に足をつけてはいけない規則があったため、数日前から歩く練習をして、何とか歩けるようになったが、まだ足取りは危なっかしいものだった。橋を渡り終え、来ているはずの迎えの者がいないかとあたりを見回したが、誰もいなかった。
実家では、三年前にリュエの実母が亡くなり、妾だった女が正妻になっていると、先日僧侶が教えてくれた。三歳から神殿に上がったリュエには、実母の記憶も、後妻となった女の記憶もなかった。神殿の前の通りを見回し、迎えはいつ来るのだろうかと心細い思いで待ち続けた。一時間以上待ち続けたが、誰もリュエに声をかける者はなかった。リュエは疲れてしまい、通りの端にうずくまった。
「どうしたんだい、君みたいな小さな子が、迷子になったのか?」
突然、頭の上から声が聞こえ、リュエは顔を上げた。頭に白いターバンを巻いた、背がずいぶん高い、薄い緑色の眸の若い男が、彼女を見下ろしていた。
「家からの迎えを待っていました。でも、誰も来なくて・・・」と、答えて、彼女はまたうつむいた。途方に暮れていたところへ声をかけられ、つい答えてしまったけれど、神殿の僧侶以外と話したことがないので、何だか怖かった。
男は、彼女の前にしゃがんだ。片方の眉を少し上げ、男はリュエの顔を見た。リュエは、頭巾を被り顔を隠した僧侶以外の者の顔を見たことがなかったので、男が大牙の者とは異なる、浅黒い肌をした異国人であることも分からなかったし、彼が端正な顔立ちで、笑みがなければ、冷酷にさえ見えることにも気が付かなかった。
「分かった。きみは引退した生き神だね。君の実家は確か、ノブロ家だ。私はドルチェンという者だ。ノブロ家の場所なら、知っているから連れていってあげよう」
そう言うと、ドルチェンは、彼女へ手を差し伸べた。けれど、リュエは、その手を取るのを躊躇った。本当にこの男を信じていいのかが、分からなかった。ずっと神殿に隔離され、俗世間の事には疎いけれど、それでも数知れない予知を行い、その中で、さまざまな出来事を見聞きしてきた生き神なのだ。このような一見親切な行いに、別の目的が隠れていることは、ありがちな事として理解していた。
動こうとしないリュエへ、ドルチェンは微笑みかけた。そして、彼女をいきなり抱き上げた。リュエは驚いて息を飲んだ。体が強張った。
「怖がらなくていい。君は歩き慣れていないだろう。騎獣を向こうで休ませているから、それに乗っていこう」と、ドルチェンが言った。
リュエは恐ろしさに目をぎゅっと瞑ったままうなずいた。
言った通りドルチェンは、大通りを渡った騎獣の休憩所で、ダーダンを引き出してきた。そして、リュエを自分の前へ乗せると手綱を取り、ノブロ家へ向かった。
ノブロ家は、かつては何人か長老を出したこともある、銀牙の中でも名家のひとつだった。が、現在の当主は凡庸で、かつての勢いはなく、地代収入で何とか名家の体面を保っていた。その屋敷は、勢いが盛んであった往時のもので、石積塀が延々と続く外周に、中は小川を回遊させた庭園、その中に瀟洒な邸宅が、小島のように建てられていた。
リュエには、ドルチェンが何者か分からなかったが、ノブロ家の家人は、ドルチェンの訪れを知るなり、わらわらと集まり、非常に丁寧に出迎えた。
客間に通されしばらく待つと、父母が現れた。父親は気弱そうな人で、リュエを見ると、「よく帰ってきたね。生き神のお役目を果たされ、ご苦労だった」と、彼女を労った。けれど、継母は、冷たい視線で
「生き神でなくなれば、ただの女。それも、何の教育も受けていない、妻にするには役立たずですからねえ。一体あなたをどこへ嫁がせたらいいのやら」と、歓迎しない態度をあからさまに見せた。
「・・・・・・」
リュエはただじっとうつむいていた。生き神として祀られていた数年間、喜怒哀楽は不用の情であると教え込まれてきたため、そんな心ない言葉にさえ、容易に言い返すことができなかった。




