13 黄牙長老ダーダム(5)
デミトリーは、そのまま部屋へ入ってきた。ドアを閉めて、リーユエンへ
「抵抗もしなかったな・・・キスされて、気持ち良かったのか?」と聞いた。言った瞬間、内心で、こんな聞き方しかできない自分のバカさ加減を呪った。
ところが、それを聞くや、デミトリーの肌が粟立つほど、リーユエンの全身から冷気が広がった。リーユエンは右目で、デミトリーの顔をのぞき込むと、「おもしろい昔話をしてやろう。東荒のとある洞窟で、火竜の隠し財宝を見つけた少年がいた。その財宝を元手に、玄武国へ行く隊商へ参加した。薬材を仕入れて売りに行ったんだ。その隊商には、金杖の食い詰めた若獅子の不良どもも、参加していた。そいつらは、その少年に目をつけて乱暴しようとした。その時、少年は怪我をして、その血が若獅子のひとりの衣についてしまった。彼らは、どうなったと思う?」と、目をぎらつかせてささやいた。
デミトリーは、これはリーユエンが自分自身で経験した事を話しているのだと理解したが、話の結論が見えなかった。
「現場を見つかって、罰せられでもしたのか?」
「・・・真夜中に雪猿が現れた。衣に血がついた若者は襲われて、ズタズタに引き裂かれて死んだ」
デミトリーは、衝撃を受けたが、表面は冷静さを保ち
「ただの偶然だろ」と、返した。
けれどリーユエンは、寝台の縁に腰掛けうなだれて、
「私の血は呪いだ。この血が流れ出れば、妖魔が惹きつけられて寄ってくる。この血に抗える妖魔はいない。アスラも、もとは、私の血に惹きつけれて、私の魔獣となった。だから、宴の場で、血を流すわけにはいかなかった。妖魔を呼び寄せたら、誰も無事では済まなくなる」と、ささやいた。
デミトリーには、魔導術の知識がないので、リーユエンの話を聞いても、ヨークのような理解には及ばなかった。ただ、彼が本当は、抵抗したかったのだというのは察せられて、先ほどの発言を強く後悔した。デミトリーは、彼へ近寄り、覆い被さるように彼を上から抱きしめた。。
「悪かったよ。嫌な思いをさせた。俺は、つい何でも考えなしに話してしまうから・・・・俺は、ただ、おまえのことが心配なだけなんだ」
「・・・・・・」
リーユエンの体から力が抜けるのを感じた。
デミトリーは、その背中をそっと撫でると、脱力した彼を抱きしめたまま、寝台の上へ一緒に横になった。
生気を吸い取るアスラと違って、デミトリーの体は暖かかった。心臓の鼓動まで、はっきりと聞き取れた。リーユエンは目を閉ざし、デミトリーの体温と鼓動に身を任せた。
「別に大した事じゃない・・・ただ、不愉快なだけだ」と、リーユエンがささやいた。
デミトリーは、彼を、壊れものを扱うようにそっと抱きしめたまま
「そうだっ、不愉快だよな。あんなクソ親父、今度舐めた真似をしたら、俺が代わりに殴り飛ばしてやる。おまえが血を流すまでもないだろう」と言った。すると、腕の中で、彼が笑いを堪えて身を震わせた。
「クッ、ククククッ」
鳩が鳴くような笑い声が漏れた。
「おいおい、笑うところなのか?」
デミトリーは、予想外の反応に面食らった。
「だって・・・・あの親父が殴り飛ばされるところなんて、おもしろすぎる」と、リーユエンがささやいた。
「眠れそうか?」
デミトリーは、彼を抱きしめたまま尋ねた。
「うん、大丈夫」
「おまえが寝るまで、このままでいるよ。俺は、何もしないから。俺は、クソ親父より人間ができてるんだからな。約束だ」
デミトリーは赤くなりながら、早口で言った。
「デミトリー、君は暖かいね。気持ちいい・・・」
リーユエンは、ため息混じりにささやき、もう寝息を立てていた。
デミトリーは、いつも飛び出してくるアスラが飛び出してこないのを、不思議に思ったが、自身も気が緩み、そのままリーユエンを抱きしめたまま、一緒に寝入ってしまった。




