13 黄牙長老ダーダム(3)
リーユエンはダーダムを見上げ
「私はすでに主を持つ身でございます。どうかご容赦ください」と、ささやいた。
けれどダーダムは、彼をしっかりと抱きしめたまま
「では、主をわしへと代えるがよい。そなたを守れぬのなら、そなたを守れるわしに主を変えるべきだ」と言い放った。と、その時、大広間の分厚い扉が吹っ飛び、獣姿のアスラが飛び込み、リーユエンの前へ着地し、唸り声を上げた。
「我の主だ。貴様が汚すことは許さんっ」と、叫んだ。
両目と額の目は、松明の明かりを受け金色に爛々と輝き、全身から青白い炎が渦を巻いて燃え上がった。
ダーダムは、リーユエンを抱きしめたまま、突然飛び込んできたアスラをじっくり眺め、「ほう、そなた、見事な魔獣を従わせておるのだな」と言った。
アスラは牙を剥き、リーユエンを腕の中に閉じ込めたダーダムの周りを低く唸りながら徘徊した。
「リーユエン、早く、我に命令しろ。そんな奴は、俺が始末してやる」
リーユエンはもう一度ダーダムの肩に右手でそっと触れ
「長老よ、アスラが苛立っておりますゆえ、私を解放してください」と、ささやいた。
しかしダーダムはまだ諦めず、
「あのような魔獣くらい、一撃で仕留めてみせるぞ。わしならば、そなたに何の不自由もさせぬし、何者からであろうと守ってみせるぞ」と、さらに口説き続けた。しかし、リーユエンはうつむいて頭をふり
「私は、主がすでに定まった身でございます。主を代えることもありえません。長老のお言葉には従えません」と、はっきり断った。そして、ダーダムの腕から逃れ、立ち上がった。それから、アスラへ向き直り、
「ここで騒ぎを起こしてはならぬ。アスラ、人へ変われ」と、命じた。アスラは転身し人の姿となると、リーユエンにぴたりと引っ付いた。
「今晩は、俺がおまえにずうっとこうして引っ付いててやる。いい虫除けになるだろう」と、ニヤッと笑った。
リーユエンは「扉を何ヶ所壊した?」と、尋ねた。すると、アスラは
「うーん、衣裳室の扉、途中の廊下の扉、ここの入り口の扉、三ヶ所だな」と、呑気に答えた。
カリウラがすぐさま立ち上がり、
「黄牙の皆様からのもてなしには感謝いたします。俺たちは、今日到着したばかりで、明日以降の準備の事もあるので、そろそろ退出させてもらいます」と、大声で辞去を宣言した。
そのまま、彼らは大広間から大急ぎで全員退出した。外へ出ると、リーユエンの側へシュリナが来た。
「ごめんなさい、まさか父があなたにあんな事をするなんて」と、彼の腫れ上がった唇を見上げて謝った。
「本当に、君の忠告通りだった。こんなに手が早いとは・・・」と、リーユエンは頭を振った。カリウラが側に来て
「怪我はしなかったのか」と尋ねると
「ああ、抵抗しなかったから、大丈夫だ」と、彼は小声で答えた。
家臣も有力者も辞去した後、大広間では、まだダーダムと息子のマルバが酒盛りを続けていた。
「親父、いくら見た目が綺麗だからって、あんな魔獣使いの火傷の痕のある男に熱を上げるなんて、一体どうしたんだ?」と、マルバが酒を飲み干して尋ねた。するとダーダムは、
「あれを、ソライの元へ連れていってみろ、間違いなく長老たちの間で争奪戦がおきるぞ。その前にわしのものにして、所有をはっきりさせておきたかったのだ」
「争奪戦って何だよ、あいつにそんな値打ちがあるのか?」
「グレナハに生き移しの半顔、あれは、紫の長老が異界へ捨てたという生き神に違いない。生きておったのだ」
「生き神?」
「大昔、銀の一族が行っていた祭祀だ。生き神を祀り、予知を聞き出し、我らを支配していた。紫の一族にその生き神が生まれたのだ。奴らはそれを秘匿し、予知を聞き出していた。その事を、ソライに知られて、族滅させられたのだ」




