1 飛魄がないけれど、飛べますか?(7)
「あんた、この子に手を出したのかい」
オマは、老師をユニカの傍まで連れてくると、指を面前に突きつけて詰問した。
「手を出す?何のことだ」
老師が不思議そうに問い返した。するとオマは、
「嫌がってるのに、無理やり意を通そうとして、マントを破かれたんだろう」と、言った。
老師は首を傾げ、オマを追いかけて来たカリウラへ視線を向け
「カリウラ、おまえ、マントの繕いを頼んだのか?」と聞いた。
「はい、ちょっと相手が暴れて、破れたから繕ってくれって頼みました」
老師はさらに首を傾げ、
「暴れたのは本当の事だが、多分、オマの考えているような状況ではないぞ」と言った。ところがオマは、鼻息荒く
「こんな若い娘さんが、マントを破くほど抵抗するなんて、あんたが馬鹿な真似をしたからでしょうがっ」と、反論した。
老師は、動揺した。
「えっ、オマ、女の子って言ったのか?」
「はい、言いました」
「男の子だろう?」
老師は、ユニカを指差して言った。
「あんたの目は節穴ですか?まったく、いくら有翼の者だからって、こんな華奢な男がいるもんですか。この子は正真正銘の女の子ですよ」
オマは、自信満々で断言した。
老師がフードの前を少し持ち上げ、右側の紫色の目を細め、ユニカをまじまじと見つめた。ユニカの顔が、勝手に赤くなった。
「女の子だったのか・・・それは、ちょっと気の毒をしたな」
今にも暴発しそうなオマへ、後からカリウラが必死で話しかけて制止した。
「リーユエンは、この子を飛べるようにしようとして、崖の上へ連れていっただけだ。マントが破れたのは、この子が着地に失敗しそうになったのを、受け止めた時に、かぎ爪が当たったからだ。ほら、手の甲も怪我しているだろう」
「本当にごめんなさい。私のせいで、老師が怪我をしてしまって」
ユニカは涙目になって謝った。
老師は、オマへ肩をすくめて見せた。
「オマ、これで納得できたか?私は、この子の飛行練習に付き合っただけだ。おまえの考え過ぎだ」
オマは、ユニカへもう一度
「本当に、大丈夫だったんだね。この人はしょっちゅう無茶苦茶な事を言うから、ダメなときはダメってはっきり断るんだよ」と、念押しすると、
「マントは繕っておいたから、取りに来てください」と言い、また赤天幕へ戻っていった。
「ふうーっ」老師が、長々とため息をついた。それから、カリウラへ
「オマにものを頼む時は、本当に気をつけれくれ」と小声で言った。
カリウラは、「すみません。まさか女の子だったなんて、全然気が付いてなくて、オマをすっかり誤解させてしまいました」と、顔に汗を浮かべて謝った。
ユニカは、
「お願いです。私が女だからって首にしないでください」と、必死の面持ちで老師へ訴えた。思いがけないことを言われた老師は、紫の目を見開き、
「首?首になんかしない。飛行練習して、空中監視人として役立つように頑張ってくれ。それから、君のことは、皆の前では男の子扱いするから、それでいだろう?」
と、言った。
「はい、そうして下さい。中央平原へ来る間も不用心だと思って、ずっと男で通してきたんです」
「二日後に、金杖国へ出発するから、着地も綺麗に決められるよう頑張ってくれ」
老師は、そう言い置いて、カリウラと一緒に行ってしまった。
紐付きでない空中監視人を手に入れようと雇った黄金鷲が、まさか女子だったとは想定外だった。しかし、女子をわざわざ国外追放するとは、どういうことだと、リーユエンは疑問に思った。
「カリウラ」
「分かってます、黄金鷲の国で、何か問題が起きていないか調査ですね」
「うん、それに家出少女の捜索願が出ていないかも」
「ワタリガラスに当たってみます」
「家出したお嬢さんだと、厄介事になるな」
リーユエンは、ひっそり呟いた。