12 黄牙一族(2)
その言葉に、カリウラの顔は引きつった。アスラが切れると思ったからだ。予想通り、アスラの目が一際紅味を増し、不穏に光った。
「おまえ、それ、もう一遍言ってみろ」と、低い唸り声とともに言った。けれど、リーユエンは、身をよじってアスラの腕から逃れると、
「アスラ、落ち着け、相手にするな」と言った。それでもアスラが唸り続け、髭面の男を睨むのをやめないので、さらに強い調子で、
「アスラ、落ち着けっ、私の命令がきけないのか」と重ねて言った。
すると、アスラは、
「分かったよ、何もしねえよ」と言い、踵を返して行ってしまった。
魔獣使いだと断じた男は、驚いていた。魔獣使いは、獣を御しきれない者が多い。まして、名付けられて人型まで取る魔獣は、自分の判断で動くようになるのに、この者は、魔獣に対して、自分の意に沿わない行動を許さない力があるのだ。
「先ほどは失礼なことを言ったかもしれない。あなたは、どうやら、魔獣を御しておられるようだ。私は、マルバ殿の従者で、ゴートという、以後お見知りおきを」と、自己紹介した。
相手から名乗られたので、リーユエンも
「リーユエンだ。私は、この隊商の出資者だ」と名乗った。
とそこへ、髪を後頭部の高いところでひとまとめにし、後ろへ長髪を流した、若い娘が駆け寄ってきた。顔立ちは、どことなくマルバと似通う、勝ち気な顔立ちの娘だった。
「あんたが、リーユエンなんだ。平原からきた白鶴たちが、あんたの事を教えてくれたんだ。大金持ちなんだろ?大牙の国へ何しに来たの?また、救護院とか作るつもりなの?」と、猛烈な勢いで話しかけてきた。彼女の側では、侍女らしい二人の娘が「シュリナお嬢様、お気をつけください」と、おろおろ見守っていた。
あまり若い女子と話したことのないリーユエンは、いきなり間近に近寄られ、思わず身を仰け反らした。その時フードがずれて、顔があらわになった。
娘は、リーユエンの顔を見て、口をポカンと開けて、一瞬黙り込んだ。それから、彼へ、獲物に襲いかかるような勢いで飛びつき叫んだ。
「お姉さん、右側の顔、もの凄く綺麗だわ。こんな綺麗な人を見たのは初めてよ。どうして、フードなんかで、隠しちゃうのよ、もったいない」
「・・・お姉さん???」
娘にしがみつかれたままリーユエンは呆然と言った。
「お姉さんでしょ?こんなに、ほっそりして、いい匂いがするのに、お姉さんよね?」と、娘はリーユエンの胸元あたりに鼻をうずめ、うっとりと言った。
リーユエンは強張った表情で、
「離れてくれ、私は、お姉さんじゃない」と、弱々しい声で娘へ言った。
娘は、リーユエンを見上げ、「嘘っ、お姉さんよね」と言い返した。
リーユエンは、ぐっと眉をしかめ「君のお姉さんでもないし、誰のお姉さんでもない、私は男だ」と言った。
しかし、娘はまだ納得いかない様子だった。
そこへ、マルバが近寄り、後ろから彼女の肩を叩き
「シュリナ、彼をあまり困らせるな」と、声をかけ、それからリーユエンへ
「君は、本当に男なのか?」と、尋ねた。
リーユエンは黙ってうなずいた。
マルバは、少し残念そうに「随分華奢だから、女だとばかり思っていた。失礼した」と、謝った。
リーユエンは、肩をすくめ、シュリナから離れて、フードを被り直した。
ところがシュリナはまた近寄ってきて
「ねえ、私はシュリナっていうのよ。マルバの妹なの。リーユエン、あなた、もう結婚しているの?私と付き合わない?」と、言い出した。
「いや・・・それは・・・」と、リーユエンは言葉に詰まった。まともに女子の相手をした事がないので、すっかり調子が狂っていた。
カリウラが助けに行こうとしかけたが、ヨークが素早くやって来て
「この人には、もう、決まった方がおられます。残念ですが、諦めてください」と、きっぱり断った。
リーユエンは黙ったまま、二度うなずいた。
シュリナは、ヨークをちらっと見て
「お相手って、まさかあんたって事はないでしょうね」と、ずけずけ尋ねた。
リーユエンはヨークを見た。
ヨークは肩をすくめて頭をふり「違います。この方の決まったお相手は、遠い所で、帰ってこられるのを待っておいでです」と言った。
「へえ、遠距離恋愛中なんだ。でも、気が変わったらいつでも声をかけてくれていいよ」と、シュリナは性懲りもなく切り返した。




