12 黄牙一族(1)
「助けてくれて、感謝する」と、崖を上がってきた若者は、カリウラへ声をかけた。
カリウラはうなずくと
「怪我はないか。誰も噛まれなかったのか」と、尋ねた。
「大丈夫だ。出くわしてすぐだった。襲われる前に片付けてくれて、助かったよ」と、若者が答えた。
その後に続いて、他の四人も次々と崖の上へ登ってきた。身のこなしは俊敏で、垂直の険しい崖も、登り慣れているようで、岩羊のような身軽な動きで登ってきた。
下に残っていたアスラは、リーユエンへ
「この獣どうする?」と尋ねた。リーユエンの横へ、のしのしとオマがやって来て崖下を覗き込み、アスラへ
「後ろ足だけ、千切って持って上がっておくれ。もも肉を調理するからね」と叫んだ。
リーユエンは、オマへ
「あれは毒があるのに、食べてもいいのか?」と尋ねた。するとオマは
「よく火を通せば、大丈夫さ。私は何回も食べてるよ。脂がよく乗ってて絶品なんだよ。今夜は楽しみにしてな」と、言った。
最初に上がってきた男は、カリウラへ
「俺は、黄牙一族の者で、マルバという、よろしくな」と自己紹介し、それから「あんた達、大牙へ向かう隊商だったのか?」と言った。カリウラはうなずき、
「ああ、俺は総隊長のカリウラだ。よろしく」と応じた。マルバは周りを見回し、「随分規模の大きい隊商だな。三年ぶりだっていうのに、今年は、まだ隊商が一組も、大牙へ到着していない、あんたらが初めてだよ」と言った。マルバは、背丈はカリウラとほとんど変わりなく、肩幅が広くがっしりした体つきで、眸は、大牙の者らしい琥珀色だった。その眸を、カリウラへまっすぐ向け
「さっき降りてきた獣は、あいつを一噛みで仕留めたが、あんたが飼っているのか。すごい奴だな。よかったら、狩猟獣に使いたいから、譲ってくれないか」
と、いきなりアスラが欲しいと言い出した。カリウラは、困ってしまい
「いや、あれは俺のじゃないんだ。あの黒い外套を着ている、リーユエンのものだ」と、つい正直に教えてしまった。マルバは目を見開き
「最初に矢を射かけてくれた、あの勇気のある女か」と言い出したので、今度はカリウラが目を見開いた。
「いや、あいつは女じゃないぞ・・・たぶん」
「男なのか?あんなに華奢な体つきなのに・・・」
背が高かろうが、牙の一族の基準で言えば、リーユエンの体つきは、男のものには見えないのだ。マルバが確信ありげに疑問視するので、カリウラまで自信がなくなってきた。
「いや、女じゃないぞ・・・そうだ、じゃないはずだ」
カリウラが戸惑っているのを放置して、マルバは、崖の際近くに立っていたリーユエンへ近寄り、
「さっきは、矢を放ってくれてありがとう。ところで、あの獣、すごく強いな、どこで手に入れたんだ。よかったら、俺に譲ってくれないか」と、いきなり切り出した。
リーユエンも驚いたが、カリウラほどではなかった。
「あの獣は、お譲りすることはできません」と、冷静に断った。
話していると、崖の下から、大きな太もも肉を咥えたアスラが現れた。
オマが、アスラに近寄り、肉を受け取った。アスラは人へ転身するなり、マルバへ近寄り、
「俺は、こいつの専属なんだ。おまえも、俺みたいなのが欲しいなら、自分で探せ」と言った。
「おおっ、転身するのか、人獣なんだな。ますます欲しくなったよ。なあ、金ならいくらでも出すから、譲ってくれよ」
と、懲りずにまた交渉しようとした。リーユエンがもう一度はっきり断ろうとしかけたところへ、アスラはいきないリーユエンの体へ腕を回し、自分の方へ乱暴に引き寄せた。
「うるさいぞ。俺は、こいつのものなんだ。他の誰にも仕える気はない」と、言い切った。そこへ、もう一人、マルバより年配の、頬から顎にかけて髭を短く伸ばした黄牙の男が近寄ってくると、
「マルバ様、その者は、魔獣使いでしょう。買取りの交渉などしても無駄ですよ。魔獣に生気を吸い尽くされるまで、その獣が離れることはありえませんからね」と、冷淡に言い放った。




