11 隊商は大峡谷へ至る(3)
一時間ほど経ってリーユエンの意識が戻った。
「気がついたのかい」
オマに声をかけられ、リーユエンは無言で頷いた。オマは、様子を見ながら、このまま彼を、荷車の外へ出していいものかどうか迷っていた。
「どうかしたのか?」
リーユエンは、オマの落ち着かない様子に気がつき尋ねた。
「本当に大丈夫なのかい?もう少し、ここで休んでいてもいいんだよ」
リーユエンは、調理道具と食料で一杯の荷車の中を見回し、
「ありがとう、もう大丈夫だよ」と、答えた。
オマは、内心、リーユエンは体が小さかった頃から人目を惹くところがあったのを思い出した。そして、大人になって背が高くなったのに、今だって、黒マントを着て、フードを目深に被っていても、何とも言い難い色香が漂い、女の自分でさえクラクラしてきて困ってしまうのだ。だから、彼女にしたら、本人よりも、それに当てられる周りの者の方が気がかりだった。時々どうしようもなく立ち上る色香は、時間が経てば落ち着いてくるので、無理にでもここに止めようか、どうしようかと迷ったが、この色香に全然平気なカリウラと、アスラという名前のついた魔獣がついていれば大丈だろうと自身へ言い聞かせた。
リーユエンは立ち上がり入り口の幕をあげて外へ出ていった。
カリウラが彼に気がつき、騎獣を一頭連れてきた。リーユエンはその騎獣にひらりと跨った。
「今日の昼には大峡谷にはいるぞ」と、カリウラが話しかけるのへ、うなずいた。それからカリウラの方へ騎獣を寄せ、耳元へ座主から聞かされた、ユニカの身元を教えた。
「えっ、マジか?王族なのか、誰から聞いたんだ?」
リーユエンは黙ったまま、ただ北の方角を指差した。それだけで、カリウラは、情報源が座主なのだと理解した。
「まったく、あのお方は地獄耳だな。で、どうする?今さら特別扱いするのもなあ・・・」
「護衛つきで飛んでもらおう。私が付き添うよ」
リーユエンは、ため息混じりに言った。
大牙の国の森林地帯を網の目のように流れる水流が集まり、いつしか激流となり、岩肌を削り取り深く広大な峡谷を形成した。その大峡谷を抜けると中央大平原の西側の台地、金杖国を通過し、南洋海へ流れ出る。その大河の名は、黒龍川。名の由来となった黒龍が川のどのあたりにいるのかは分からないが、リーユエンが金主である隊商が、大牙へ到着するためには、大峡谷のどこかで、この川を必ず渡河しなければならない。ところが、大峡谷を流れる黒龍は、肉食性の凶悪な獣の棲家となっていた。
ユニカは、黄金鷲に転身して、今、黒龍川の上空にいた。側には、黒外套姿のリーユエンが、六尺棒の上に足を乗せ、中空に浮かんでいた。彼は、今日は珍しく背中に大弓と矢を数十本入れた矢筒を背負っていた。そして下を見ながら、ユニカへ
「私は、おまえほど視力が良くないから、見えないのだが、川の中に、一丈以上の生き物がいたら教えてほしい」と言った。
「一丈以上ですか?」
「そうだ、それ以下なら対処できる。それから、水中から二丈いや、三丈くらい平気で飛び上がってくるから、近づきすぎないようにしろ」
ユニカは、ぞっとした。
「この水中の中って、一体何がいるんですか?」
ユニカの問いに、リーユエンは腕組みして川を見下ろし
「ううーん、色々棲みついているが、一番厄介なのは、ワニ大トカゲだろうなあ」
と、答えた。
「ワニ大トカゲ?」
ユニカは、初めて聞く名前だったけれど、名前だけでその凶悪さの想像は十分ついた。
「大顎ワニぐらい大きな口にびっしり牙が生えて、体つきは大トカゲに似て、足は、かぎ爪がついて、長くて俊足だ。水陸両方で素早く動き回る。それに毒があるから、一度噛まれると、段々麻痺してしまう。一度噛み付いて、獲物を逃しても執念深く追跡して食べてしまうんだ」
リーユエンは淡々と説明した。
「了解です。老師、気をつけます」
ユニカは、大丈夫、大丈夫、老師がついているから、と自分自身に言い聞かせ、悲壮な覚悟で偵察を始めた。




