1 飛魄がないけれど、飛べますか?(5)
「キャー、落ちる〜」
ユニカは、絶叫した。耳元で風が唸りを上げ、体は加速がついて真っ逆さまに落ちていく。
「さっさと転身しないと、地面に叩きつけられて即死だぞ」
「エッ、老師!」
目の前に老師がいた。長い黒髪が風に巻き上げられ、腕組みした老師は、直立姿勢のままユニカと一緒に墜落していく。それなのに、彼は落ち着き払っていた。
「どうした?転身へ集中しろ。腕を翼へ変えて、羽ばたけ」
老師は、墜落を恐れる様子もなく、ユニカへ指示した。
ユニカは、このままだと本当に地面に叩きつけられて死んでしまうと思った。腕、そうだ、自分の腕は、翼なんだと必死でイメージした。
(翼だ、翼、翼を出して羽ばたくんだっ)
死にたくないと強く念じた瞬間、体の中を熱い何かが通り抜けた。気がつくと、全身金色の羽に包まれた鷲の姿へ変わり、広げた翼の下に風を捉え、ユニカは上方へ舞い上がった。
「飛べた、やった、飛べた。あっ、老師を助けなくちゃ」
下を向くと、老師が宙に浮いて、ユニカを見上げていた。
(老師、宙に浮かんでいる。呪術師なのか・・・)
有翼の者でなくとも、呪術の操作で宙を浮かび飛行することができると、聞いたことがあった。
(でも、呪術師のギルドは、禁術にしていて、誰も操作できるものはいないはず。老師は、黒魔道士なのかな?)
禁術を使う呪術師は黒魔道士と呼ばれる。人外の存在と契約し、自身の生気を差し出して、通常の呪術師では到達できない境地にまで達した、圧倒的な呪術力の持ち主だ。ただし、その代償は大きく、いずれ自身も人外の存在へと成り変わってしまうのだ。
上昇気流を翼いっぱいに受け止めて、空中停止するユニカへ向かって、老師がゆっくりと上昇してきた。
「あとは自分で練習して、空中監視人になることだ」
そう言い残し、下降していく老師へ、ユニカは
「あの、降りる時はどうしたいいんですか?」と尋ねた。
老師は中途で静止し、またユニかを見上げ、右側の眉を下げて、一寸考えると、
「翼を折りたたみ、風にあたる面積を狭めれば、下降できる。ただし、地面に着地する時は、翼の広げ方を加減してスピードを落とさないと怪我をするから、気をつけなさい」と、答え、そのまま山の麓の地面へ降りていってしまった。
「待ってください」
ユニカは老師のあとを追いかけた。老師に言われた通り、翼の面積をいろいろ加減してみたが、なかなか思うように高度を落とせなかった。ユニカは頭を下へ向け、翼を畳んだ。すると一気に高度が落ちて、気が遠くなりかけた。もう、地面は間近に迫ってきた。ユニカは翼を目一杯広げ、もう一度風をつかもうとしたが、うまくいかなかった。
「キャー、助けて」
錐揉み状態で、地面へ激突しそうになったユニカは、何かにぶつかった。その何かと一緒に地面へ倒れ込んだ。恐慌状態になったユニカは闇雲に羽ばたき、暴れた。
「ユニカ、暴れるな。鉤爪が当たって痛い。じっとしていろ」
老師の声が聞こえ、はっと正気に戻ったユニカは動きを止めた。目の焦点がはっきりしてきて、自分の足のかぎ爪が老師のマントを突き破っているのが見えた。
「ごめんなさい、老師」
ユニカは涙目で謝った。老師は、ユニカのかぎ爪が傷つかないようにマントからそっと外した。その右手の甲が、かぎ爪でざっくり切れて出血していた。
「まあ、最初だからこんなものだろう。力を抜いたら、元の姿へ戻れるはずだ。やってごらん」
と、老師は痛がるそぶりも見せず、ユニカへ淡々と言った。飛行が終わり、緊張が解けたユニカは、老師の話を聞くうちに脱力し、いつの間にか転身が解けて地面にへたり込んでいた。
「あれ、もう終わっちゃたんですか?」
草むらの向こうから、総隊長カリウラがやって来た。