9 北荒 玄武の国の魔導師 (4)
彼らが玄武の国の城門に到着した時、周囲には激しい風が横殴りに吹きつけ、雪が舞い上がり視界は真っ白で、何も見えない状態だった。最果ての北荒に位置する玄武の国は、魔道士の住む城として知られていた。城というが、実際は、高山の険しい断崖に張り付くように建てられた寺院で、住民の大部分は、その山中に穿たれた隧道の奥深くで暮らしていた。一年の大部分は極寒の冬で、夏は数十日しかない。外で暮らすには気候があまりに厳しく、山の中の複雑に入り組んだ隧道の中を行き来し、住居も岩をくり抜いてつくり、生活していた。
ただ、魔導士たちは、山の頂近いところを住処としていた。断崖に張り付くような寺院には、山の峰まで届きそうな尖塔が無数に伸びていた。それが、魔導士の住処だった。けれど、今は激しい雪嵐に見舞われ、五丈の高さで聳え立つ城門以外、何も見えなかった。
あまりに酷い雪嵐で、城門は固く閉ざされていた。ハオズィとカリウラは、門を激しく叩き、門衛へ聞こえるように必死で呼びかけた。
「中央平原から来た隊商だ。お願いだっ。開けてくれっ。このままでは、皆、凍死してしまう。交易品を運んできたのだ。中へ入れてくれ」
風がビュービュー激しく吹き荒れ、大声を出しても途中でかき消されてしまった。
彼らの後方で雪に塗れて真っ白になったリーユエンは、空中へそっと呼びかけた。
「ヨーダム老師、あなたの言いつけ通りの薬材をすべて用意してもってまいりました。どうぞ、中へ入れてください」
しばらくすると、城門が耳障りな音を立てながら、ゆっくり開いた。中から、甲冑姿の門衛が現れ「中へ入れ」と言った。
彼らはようやく玄武の国へ入国できた。そのまま隧道へ降りる道を案内され、薄暗い道をおりて、街へ向かった。
地中の街は、平原にある街道沿いの街とよく似ていた。道の両側に狭い堀があり、その上に小さな橋がかかり橋の向こう側に、建物が隙間なくびっしりと立ち並んでいた。外の雪嵐が嘘のように街の中は明るく、活気があった。
「ここって地下だよな。なんでこんなに明るいんだ?」
カリウラが不思議そうにあたりを見回した。ハオズィが、細い目をさらに細めて笑い「魔導士が、魔術で太陽をつくったそうで、その光で真昼のように明るいそうです。ちなみに魔術で月もつくったそうですよ」と説明した。
「へえ、魔導士って凄いなあ」と、カリウラは単純に驚いた。
彼らは大通りを進んだ、途中、道端にぐったり横たわる住民が何人もいた。戸板に白い布がかけられて、遺骸が運ばれていくのも見かけた。それを見たハオズィは顔を曇らせ
「どうやら、疫病が流行っているようですね。まずい時期に来てしまった・・・」と、呟いた。しばらく進んで、ようやくハオズィたち赤狐族の定宿に到着した。
格子窓がずらりと並ぶ三階建の、荷車がそのまま入れるほど間口の広い入り口から入ると、ハオズィは、宿の亭主を呼び出した。
上得意客のハオズィの到着を知った宿の亭主は、早速帳場へ姿を現した。泥鰌ヒゲを生やした、表情の読めない中年の男で、荒い毛織りの長衣姿だった。亭主は、隊商の荷物や荷運び人を、奥の荷物置き場へ案内した。そこで、荷物を預かり、部屋割りを決めて案内をするように、使用人へ言いつけた。それから、また玄関で待つハオズィのところへ戻った。
戻ってきた亭主に、ハオズィは早速疫病のことを尋ねた。それに対して亭主は
「疫病っていうほどのものでもありませんね。タチの悪い風邪ですよ。ただ抵抗力のないものが時々死んでます。それに、久しぶりの流行で薬が全然足りなくなってましてね」と、答えた。ちょうどその時、雪だらけで白くなった蓑笠と蓑を肩に羽織った男が中へ入ってきた。男は、入り口の奥の帳場に座る亭主へ直接声をかけた。
「ヨーダム太師の使いで参った。こちらの宿にいるリーユエン殿にお会いしたい」
亭主は帳場から立ち上がり、その男へ近づいた。男は蓑笠を外し、蓑も脱いだ。その下は、漆黒の魔導士服姿で、地味で特徴のない目鼻立ちの若者だった。
「おや、これはニエザ様、お久しぶりでございます。ちょうど、この方達到着なさったところです。お呼びしてまいりましょう」と、亭主は、もう一度奥の荷物置き場へ向かった。




